七社神社 (東京都北区)

東京都北区にある神社

七社神社(ななしゃじんじゃ)は、東京都北区西ケ原にある神社である[1]

七社神社

七社神社
拝殿

地図
所在地 東京都北区西ケ原2-11-1
位置 北緯35度44分54.2秒 東経139度44分29.2秒 / 北緯35.748389度 東経139.741444度 / 35.748389; 139.741444 (七社神社 (東京都北区))座標: 北緯35度44分54.2秒 東経139度44分29.2秒 / 北緯35.748389度 東経139.741444度 / 35.748389; 139.741444 (七社神社 (東京都北区))
主祭神 伊邪那岐命
伊邪那美命
天児屋根命
伊斯許理度賣命
市寸島比賣命
仲哀天皇
応神天皇
創建 不詳
例祭 9月秋分の日
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概要

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無量寺の境内にて七所明神社として祀られていたが、 1793年寛政5年)に起きた火災により古記録を焼失したため創建年代等は不明である[2]。 翌年の秋分の日に神社は再建され、以来この日が大祭日となっている[3]

1868年明治元年)に神仏分離令により無量寺より独立し、翌年一本杉神明宮の地に遷座する。

1920年大正9年)に渋沢栄一古河虎之助らの寄付により社務所が建築された[4]

祭神

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神徳

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子宝・安産・家庭円満

文化財

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渋沢栄一揮毫、拝殿社名額

  • 枯松を祭る文の碑 - 渋沢栄一が、飛鳥山公園近くの別荘の庭にあったマツが枯れたことを悲しみ、1911年に建てた。文章は漢学者三島中洲に依頼した。三島は渋沢の妻千代が死亡したときも墓碑銘文を頼まれた。マツは樹齢数百年、樹高数十メートルで、碑文では擬人化されている。碑は別荘の庭にあったが、2020年12月、渋沢が氏子であった七社神社に移された[5]

摂末社

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アクセス

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脚注

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  1. ^ 角川日本地名大辞典編纂委員会編『角川日本地名大辞典13 東京都』角川書店、1978年、835頁
  2. ^ 御由緒
  3. ^ 御由緒
  4. ^ 七社神社・西ヶ原の人々と渋沢栄一
  5. ^ 渋沢栄一建立 枯松を祭る文の碑 解説

出典

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関連項目

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外部リンク

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