藁人形
藁人形(わらにんぎょう)は、藁を束ねたり、編んだりして人間の形を模した人形である。古代中国では芻霊、ないし芻人と呼んだ[1]。
死者の埋葬の際に副葬品として用いられる他、丑の刻参りにおいて用いられる呪いの道具の一種としても知られる。それに関連して、怪奇映画などでは恐怖を象徴する小道具として用いられることもある。日本では平安時代、疫病が横行した際病魔を駆逐する為に藁人形が道端に立てられることもあった他、田畑を食い荒らす害虫を駆逐する為に藁人形を掲げて田畑を歩き、その後川に流すという習俗もあった[1]。合戦などでは、敵を攪乱(かくらん)する為に藁人形に甲冑を着せて人間の武者に見立てることもあったと軍記物語などで言及されている[1]。
厄除け
編集厄除けの道具として用いられることもあり、例えば岩手県和賀郡の旧湯田町(現西和賀町)白木野地域では、藁人形に集落の厄を背負わせ地域の外に送り出して無病息災を祈る白木野人形送り(厄払い祭)が残っており西和賀町無形民俗文化財に指定されている[2]。この白木野人形送りを題材にして同地域の国道107号線沿いに日本一の大きさを誇る藁人形(背丈5m、幅4.3m)が置かれている。
形状
編集藁人形は人型のみならず、馬など獣を模したものも作られる。有名なものとして新潟県新発田市における新発田の藁馬、岡山県の有漢のコトコト馬、福岡県の芦屋の八朔藁馬などがある。
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「牛久縁切り稲荷」境内にある縁切り祈願の為の「縁切り藁人形」
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かしま人形(秋田県、1979年制作)
丑の刻参り
編集五寸釘を使い、丑三つ時に相手と同調関係を得ているもの(髪の毛など)を埋め込み、藁人形に釘を打ち込む。
丑の刻参りについては、学問上は、少なくとも殺人罪や殺人予備罪については、刑法学における不能犯(迷信犯)であり不可罰である[3]。ただし、多くの寺社は私有地であるため丑の刻参りは建造物侵入罪(不法侵入)に問われたり、樹木に打ち付ける行為が器物損壊罪に問われる可能性がある[4]。また、藁人形を使った呪術行為が、相手方に不安を与えるものだったため脅迫罪に問われた事例があるほか、公然と行われたため侮辱罪や名誉毀損罪が問題になった事例がある[4]。
2022年5月の連休明けから、千葉県松戸市内の約10か所の神社の御神木などにロシアのプーチン大統領の顔写真を付けた藁人形が打ち付けられる事態が発生し、6月15日、松戸東署は、同市に在住する男を建造物侵入と器物損壊の疑いで逮捕した。動機はロシアのウクライナ侵攻への抗議と推測される。神社の関係者は、「ご神木には大きな穴が二つ残っている」と話した[5][6]。同年6月27日、検察庁は男を不起訴処分としたことを発表した。処分保留で釈放し、任意で捜査を続けていたが、器物損壊について神社側が告訴を取り下げたという[7]。
暗喩的表現としての藁人形
編集「民法第94条2項における転得者の扱い」という、法律上のテーマの中で絶対的構成という法理が用いられた判例(大判昭6.10.24)をきっかけに、「藁人形」という言葉が用いられるようになった。
この法理は、民法上、取引の際に意思の欠缺や瑕疵ある意思表示があっても、権利が転々と移転される過程の中で一人でも善意の第三者が出現した場合、それ以降の転得者がたとえ悪意であっても、絶対的確定的に権利を取得し、権利者として保護される、というものだが、上述の判例では、その途中に現れた善意の第三者が、悪意者が意図的に介在させたダミーでない限り、という留保を付けている。そしてこのダミーのことを判例では「藁人形」と呼んでいる。
なお民法上の悪意・善意は社会通念のそれとことなり、「事実を知りながら」「事実を知らず」の意味に過ぎず、「藁人形」とはなんの関わりもない。
脚注
編集- ^ a b c 斎藤良輔「日本人形玩具辞典」(東京堂出版)481頁
- ^ “白木野人形送り(厄払いまつり)”. 西和賀町. 2022年6月15日閲覧。
- ^ 宮本, 英脩 (1932). 刑法大綱. 弘文堂書房. p. 187
- ^ a b “「わら人形呪い」で逮捕や名誉毀損に問われる境界線”. ニュースポストセブン (2017年2月19日). 2022年6月15日閲覧。
- ^ “ご神木にプーチン氏わら人形、「抹殺 祈願」の紙も…「ウクライナ思う気持ちわかるがやり方まずい」”. 読売新聞オンライン (2022年6月9日). 2022年6月25日閲覧。
- ^ “ご神木にプーチン氏のわら人形、生年月日と「抹殺祈願」の紙も…逮捕の72歳は黙秘”. 読売新聞オンライン (2022年6月15日). 2022年6月25日閲覧。
- ^ 日本放送協会 (2022年6月27日). “ご神木にプーチン大統領のわら人形 逮捕の男性を不起訴 | NHK”. NHKニュース. 2022年8月5日閲覧。
関連項目
編集- 人身御供
- 憑依
- ストローマン(藁人形論法)
- 藁馬
- Poupée vaudou - 人形に行った行為は人にも反映されるとされ、古代ギリシャなど多くの文化で同様の儀式が見られる。
- ンコンディ - アフリカのコンゴ共和国地域にみられる釘が打たれた木造の人形で、村や家の魔除けとして見せしめとされた。
- 人形を燃やすイベント
- エフィジー - 人形の意。ヨーロッパでは、敵方の代表者、犯罪の犯人を模して罰を与えたり吊るしたり燃やすなどした。
- 兵庫県の婆々焼祭 - 藁人形を括り付けた柱を燃やす祭り。
- ウィッカーマン - 人形に入れた生贄を焼くドルイドの祭儀。
- ガイ・フォークス・ナイト - イギリスの人形を燃やす祭り。
- ダシャラー祭 - インドの悪神ラーヴァナを象った人形を燃やす祭り。
- 火祭り (バレンシア) - スペインの人形を燃やす祭り。
- マースレニツァ - スラヴの祭りで藁人形を燃やす。
- セクセロイテン - スイスの新春の祭り。雪だるまのベーグ(Böögg)を燃やすお祭り。
- fr:Carnaval des Bolzes -スイスの人形を燃やすお祭り
- イェヴレのヤギ - スウェーデンのクリスマスに飾られる藁人形。消防署・関係者らと愉快犯・放火犯らとの攻防が恒例になっていた。もちろん犯罪なので処罰される。