カイマン男カイマンおとこ[3]あるいはワニ男[4]スペイン語: El Hombre Caimán、オンブレ・カイマン)は、南米コロンビアに伝わる獣人である。覗き見行為が祟って、上半身が人、下半身がカイマン)の姿に変えられたという1940年代頃の都市伝説である[5]

カイマン男(プラト村)

伝承

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コロンビアのカリブ海沿岸、マグダレナ川に沿うプラトスペイン語版村に起きた話として伝わる[6]。村のサウル・モンテネグロ[注 1]という漁師は、マグダレナ川で沐浴する女性たちを眺めるのが好きだった。しかし、それがバレるのは恐かった。そこでアルタ・グアヒーラスペイン語版インディオ女性(異聞では魔女やピアッチェだとする[注 2])より、ワニ(カイマン)に変身できる秘薬を求めた。魔女は、ワニに変身する赤い薬と、人間に戻る白い薬を渡した。モンテネグロはしばらくそれらを使って、ぞんぶんに覗き見を楽しんだ[9][10][11]

ある日、いつもの共犯者の友人(飲み友達)が来られなくなったので、別の者に代行して、人間戻りの白色薬を浴びせる役を頼み込んだ。だが慣れない男はワニの姿になったモンテネグロを見て、びっくりして薬瓶を割り、中身をこぼしてしまった。一部がサウルの頭にかかり、彼の頭は元に戻ったが、残りの体はワニのまま残ってしまった。それ以来、女たちは恐れて川で水浴びをしなくなった[10][11][9][12][10]

そしてプラト村の安泰のため、漁師たちでカイマン男を狩ると決まった[11]。彼らはサウルを見つけて棍棒で滅多打ちにしたが、報復を恐れてうっかり外出できなくなってしまった。「トカゲ(lagarto)」と蔑まれたサウルに、唯一母親だけが、恐れずに接していた。母は、毎晩、(岩間に隠れて水浴びする場所に[10])やってきて、彼の好物[12]、すなわちチーズ、ホエー、魚、キャッサバ(ユッカ)など料理の皿、そしてときおりラム酒の小瓶を置いていった[10]。何とか元の姿に戻そうと、代父母十字を切らせたり、教区司祭の祝福を得たり、はては聖金曜日の真夜中に黒猫を生き埋めるなど、邪を祓うと聞いて試してみたが、何の効き目もない。母親は意を決して旅立ち、薬を作ったインディオの魔女(ピアッチェ)を探したが、魔女は死んだと知った。三年後、プラトに戻った彼女は(悲嘆に暮れて[11])死んだ[10]

カイマン男は誰も世話をする者がおらず、ひとり残された。彼は、マグダレナ川の河口、バランキージャ近くのボカス・デ・セニサで、川に身を任せて海に出ることにした。それ以来、プラトからボカス・デ・セニサ英語版までのマグダレナ川下流域の漁師たちは、今でも川や沼地の川岸でカイマン男が出現したら、なんとしても狩ってやろうと目を光らせているという[11][12][13]

この話は1940年代、バランキージャの地元新聞《ラ・プレンサ》誌で取り上げられたと言われるが、廃刊しており、当時の切り抜き記事を読んだという情報筋も、現在の取材調査ではみつからなかった[5]

大衆文化

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プラトでは、毎年恒例でカイマン男祭りが行事される。カイマン男を称える広場と記念碑(彫像)もあり、住民の文化遺産の一部となっている[11][12][5]。カイマン男伝説は、バランキージャ出身の歌手ホセ・マリア・ペニャランダスペイン語版 の歌「Se va el caimán(アリゲーターは行く)」のテーマとなっている[14][5]

朝日新聞系の書籍紹介コーナー(ホセ・サナルディ『南米妖怪図鑑』と著者インタビュー)では「デバガメするワニ男」などと銘打っている[2]

注釈

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  1. ^ Saúl Montenegro
  2. ^ カリブ語: piacheポルトガル語: pajé(トゥピ語が語源)はいずれもメディスンマンを意味する[7][8]。あまたのスペイン語文献でも、piache=curandero, curandera だと略説され、すなわちクランデーラスペイン語版、こと女性のメディスンマンかシャーマンだとする。

脚注

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  1. ^ サナルディ, ホセ『南米妖怪図鑑 [Enciclopedia de Yokais Sudamericanos]』セーサル・サナルディ (画); 寺井広樹 (企画)、ロクリン社、2019年、30–32頁。ISBN 978-4-907542-73-3  試し読みで目次を閲覧可能。
  2. ^ a b c 「吸血宇宙人」に「デバガメするワニ男」!? ちょっぴりエログロ、魅惑の「南米妖怪図鑑」』朝日新聞社、2019年8月23日https://book.asahi.com/article/126450312025年2月8日閲覧 
  3. ^ サナルディ (2019)で使用が確認されたカナ表記[1][2]
  4. ^ サナルディのインタビュー兼書籍紹介記事で使う表現[2]
  5. ^ a b c d e Torres, Carlos (18 September 2014). Fotos: Gustavo Martínez. “Tras las huellas del hombre caimán”. Cromos. オリジナルの6 June 2017時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20170606101355/http://cromos.elespectador.com/especial/la-colombia-fant-stica-de-carlos-vives/las-huellas-del-hombre-caiman. 
  6. ^ Herrera de León, César A. (18 February 1999). Plato, sus leyendas y relatos. Barranquilla: Ludica Artes Graficas. pp. 15-39 
  7. ^ Roth, Walter Edmund (1915). An Inquiry Into the Animism and Folk-lore of the Guiana Indians. Washington, DC: U.S. Government Printing Office. p. 328. https://books.google.com/books?id=hF8uAAAAYAAJ&pg=PA328 
  8. ^ Bloch, Iwan (1909). The Sexual Life of Our Time in Its Relations to Modern Civilization. Translated by M. Eden Paul. London: Rebman. p. 119. https://books.google.com/books?id=6Q-JIdSFQycC&pg=PA119 
  9. ^ a b プラト市町村庁ウェブ、《Cronos》誌所引[5]
  10. ^ a b c d e f Fontalvo, José Portaccio (1994). Colombia y su música. 1 . Bogotá: Lagos Diagramación. pp. 243–244. https://books.google.com/books?id=vqg0QbuUyGQC&q=queso 
  11. ^ a b c d e f Ocampo López, Javier (2006). “17. El hombre caimán de Plato”. Mitos, leyendas y relatos colombianos. Bogotá: Plaza y Janes Editores Colombia s.a.. pp. 98–99. ISBN 9789581403714. https://books.google.com/books?id=lARg1lafMBAC&pg=PA9 
  12. ^ a b c d mcramirez (22 January 2007). "Mitos y leyendas de Colombia. El Hombre Caimán". ColegiosVirtuales.com. 2008年9月13日時点のオリジナルよりアーカイブ。2008年7月14日閲覧
  13. ^ “El "man" que se va para Barranquilla”. El Heraldo. http://www.elheraldo.com.co/ELHERALDO/BancoConocimiento/R/rdcaiman/rdcaiman.asp 14 de julio de 2008閲覧。 
  14. ^ Fontalvo (1994), pp. 245–247.

関連項目

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