ロックンロール・オールナイト

ロックンロール・オールナイト」 (英語: Rock and Roll All Nite) は、アメリカ合衆国のロックバンド、キッスの楽曲。1975年3月19日にリリースされた3枚目のスタジオ・アルバム『地獄への接吻』の収録曲。同年4月にシングル・カットされた。さらに翌年発表されたライヴ・アルバム『地獄の狂獣 キッス・ライヴ』に収録されたライヴ・バージョンが大ヒットした。

「ロックンロール・オールナイト」
キッスシングル
初出アルバム『地獄への接吻
B面 ゲッタウェイ
リリース
録音 エレクトリック・レディ・スタジオニューヨーク
ジャンル
時間
レーベル カサブランカ
作詞・作曲
プロデュース
チャート最高順位
  • 57位
キッス シングル 年表
  • レット・ミー・ゴー・ロックンロール
  • (1974年 (1974)
  • ロックンロール・オールナイト
  • (1975年 (1975)
  • 激しい愛を
  • (1975年 (1975)
ミュージックビデオ
「Rock & Roll All Nite」 - YouTube
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キッスの象徴ともいえる代表曲で、コンサートのほとんどを締めくくってきた。

2008年、VH1が選んだ「最も偉大なハードロック・ソング」の16位に選出[1]

解説

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1974年10月、2枚目のアルバム『地獄のさけび』の発表に合わせて始まった"Hotter Than Hell Tour"でロサンゼルスに滞在中、ジーン・シモンズポール・スタンレーによって書かれた。本曲はスレイドの「クレイジー・ママ」にインスパイアされ[2]、スタンレーがコーラス部分、シモンズがヴァース部分を書き、未完成のままお蔵入りした曲"Drive Me Wild"からパーツを流用して完成させた。

同ツアーが1975年2月に終了すると、カサブランカ・レコードの社長ニール・ボガートはメンバーに対し、チャートアクションで苦戦する『地獄のさけび』に代わる新作を速やかにレコーディングするよう要請した。彼はキッスには「ロックンロール賛歌」のようなレパートリーが必要だと考えていた。

メンバーとボガートは、コーラス部分のレコーディングの際、キッスのロードクルー、居合わせたスタジオ・ミュージシャン、ピーター・クリスの妻など大人数のエキストラを連れ込み、歌と手拍子で曲を盛り上げさせた。ロード・クルーの何人かはジャケットのジッパーを上げ下げして効果音にした[3]

1975年3月19日、本曲を収録した3枚目のアルバム『地獄への接吻』が発表された。

パーソネル

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  • ジーン・シモンズ - リード・ヴォーカル、ベース
  • エース・フレーリー - ギター、コーラス
  • ポール・スタンレー - リズム・ギター、コーラス
  • ピーター・クリス - ドラムス

チャート・アクション

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1975年4月2日、同じく『地獄への接吻』の収録曲「ゲッタウェイ」をB面収録曲にしてシングル・カットされ[4]ビルボードシングルチャートにおいてそれまでの自己最高であった「キッシン・タイム[5]の79位を抜いて57位まで上がった。

ライヴでの演奏

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「ロックンロール・オールナイト(ライヴ)」
キッスシングル
初出アルバム『地獄の狂獣 キッス・ライヴ
B面 ロックンロール・オールナイト(スタジオ)
リリース
ジャンル
時間
レーベル カサブランカ
作詞・作曲
プロデュース エディ・クレイマー
チャート最高順位
  • 12位
キッス シングル 年表
  • 激しい愛を
  • (1975年 (1975)
  • ロックンロール・オールナイト(ライヴ)
  • (1975年 (1975)
  • 狂気の叫び
  • (1976年 (1976)
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『地獄への接吻』の発表に合わせて1975年3月に始まった"Dressed to Kill Tour"ではアンコールに演奏された。同年10月に発表されたライヴ・アルバム『地獄の狂獣 キッス・ライヴ』からシングル・カットされたライヴ・バージョン[6][注釈 1]が12位まで上昇し、キッスがヒットチャートのTop20に送り込んだ初のシングルとなった[7]

『地獄の狂獣 キッス・ライヴ』の発表に合わせて1975年9月に始まった"Alive! Tour"の途中から、本曲の最後にスタンレーがギターを破壊するようになった。

1980年代に始まったノーメイク時代にも本編の最後やアンコールに演奏され、『アライヴ3』(1993年)にも収録されている。1996年には『キッス・アンプラグド』からシングル・カットされたアコースティック・ライヴ・バージョンがビルボードのメインストリーム・チャート(Hot Mainstream Rock Tracks)で13位まで上昇した[8]

2002年ソルトレークシティオリンピックの閉会式では、エース・フレーリーが脱退する前の最後の演奏として披露された。

オリジナルとの違い

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  • オリジナルにはギター・ソロはないが、"Dressed to Kill Tour"からは16小節にわたるギター・ソロが挿入されるようになった[注釈 2]
  • オリジナルのエンディングはフェイド・アウト処理されているが、"Dressed to Kill Tour"からは多くの場合、シングルB面に収録された「ゲッタウェイ」のエンディング部分のフレーズをつなげて曲を終わらせる。
  • オリジナルと『地獄の狂獣』ではイントロはドラムのフロアの連打からスタートするが、『アライヴ3』ではハイハットのカウントからスタートする。
  • オリジナルと『地獄の狂獣』ともサビは4回繰り返し×3であるのに対し、『アライヴ3』では1回目のサビは2回繰り返すだけですぐ2コーラス目に入るため、1回目のサビにはドラムのビートだけをバックにした部分がない。

収録アルバム

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カバー・バージョン

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脚注

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注釈

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  1. ^ B面収録曲はオリジナル。
  2. ^ キッス・アンプラグド』(1996年)では、エース・フレーリーとブルース・キューリックがソロを8小節ずつ分け合っている。

出典

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  1. ^ spreadit.org music”. February 7, 2009閲覧。
  2. ^ Kiss Founder Gene Simmons Says Band’s ‘Heart and Soul Lies in England’”. ultimateclassicrock (2011年11月9日). 2014年3月31日閲覧。‘‘Rock and Roll all Nite‘ is a direct bastard child of Slade’s ‘Mama Weer All Crazee Now.’(「『ロックンロール・オールナイト』は、スレイドの『クレイジー・ママ』の"私生児"なんだよ」)」とシモンズが述べる箇所がある。
  3. ^ Leaf, David and Ken Sharp. KISS: Behind the Mask: The Official Authorized Biography, Warner Books, 2003. ISBN 0-446-53073-5
  4. ^ Discogs”. 2025年2月2日閲覧。
  5. ^ Discogs”. 2025年2月2日閲覧。
  6. ^ Discogs”. 2025年2月1日閲覧。
  7. ^ "The Complete KISS Singles Chart Action, 1974-". The KISSFAQ. Retrieved July 13, 2006.
  8. ^ Billboard singles chart history-Kiss”. 2009年5月11日時点のオリジナルよりアーカイブ。2009年2月18日閲覧。