レンキャラン

アゼルバイジャンの都市

座標: 北緯38度45分13秒 東経48度51分04秒 / 北緯38.75361度 東経48.85111度 / 38.75361; 48.85111

レンキャラン (アゼルバイジャン語: Lənkəranタリシュ語: Lankon) はアゼルバイジャン南東部のカスピ海に面する都市。

レンキャラン

Lənkəran
レンキャラン
レンキャラン
レンキャランの公式印章
印章
レンキャランの位置(アゼルバイジャン内)
レンキャラン
レンキャラン
北緯38度45分13秒 東経48度51分04秒 / 北緯38.75361度 東経48.85111度 / 38.75361; 48.85111
アゼルバイジャンの旗 アゼルバイジャン
レンキャラン
政府
面積
 • 合計 1,539.4 km2
人口
(2015年)[1]
 • 合計 220,780人
等時帯 UTC+4 (アゼルバイジャン時間)
市外局番 +994 025 25
ウェブサイト Official website
アゼルバイジャン内のレンキャランの位置

2015年の人口は約22.1万人。

レンキャラン県に囲まれている。

語源

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  • ペルシア語:「碇を上げる場所」を意味する「ランガルカナン」
  • タリシュ語:「竹の家」を意味する「ラン・カラン」
  • メディア語:「ラン族の境界」を意味する「ラン・カラン」

[2] [3] [4]

歴史

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レンキャランはレンキャラン川河口の北の丘に設立された。 新石器時代には既に人が住んでおり、青銅器時代鉄器時代には要塞化された村が有った。 [5]

1728年露土戦争の結果レンキャランはロシア帝国に割譲された。

1732年ラシュト条約の結果レンキャランはサファヴィー朝(イラン)に割譲された。

1747年アフシャール朝創始者のナーディル・シャー王が暗殺された。
同年、アフシャール朝からタリシュ・ハン国英語版が独立した。 [6]

タリシュ・ハン国は終始イランザンド朝ガージャール朝に服属した。

1813年露土戦争が起き、ピョートル・コトゥリャレヴスキー英語版将軍がレンキャラン襲撃英語版を行った。 同年結ばれたゴレスターン条約で、レンキャランはガージャール朝(イラン)に返還された。

1828年露土戦争の結果結ばれたトルコマンチャーイ条約によって、レンキャランはロシア帝国に割譲されタリシュ・ハン国は滅亡した。 [7] [5] [7]

1917年ロシア革命が起き、ロシア帝国が滅亡しソ連が成立した。

1918年アゼルバイジャン民主共和国が成立した。

1920年アゼルバイジャン民主共和国は滅亡し、アゼルバイジャン・ソビエト社会主義共和国が成立した。

1991年ソ連の崩壊によってアゼルバイジャンが独立した。

気候

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レンキャランは温暖湿潤気候(Cfa)である。 年間平均降水量は1600~1800mmで、アゼルバイジャンで最も雨が多い。

レンキャランの気候
1月 2月 3月 4月 5月 6月 7月 8月 9月 10月 11月 12月
平均最高気温 °C°F 7.2
(45)
7.2
(45)
11.0
(51.8)
17.5
(63.5)
22.5
(72.5)
27.2
(81)
30.4
(86.7)
29.5
(85.1)
25.9
(78.6)
19.9
(67.8)
14.1
(57.4)
10.1
(50.2)
18.54
(65.38)
平均最低気温 °C°F 0.0
(32)
1.0
(33.8)
3.9
(39)
8.6
(47.5)
13.1
(55.6)
17.5
(63.5)
20.1
(68.2)
19.7
(67.5)
16.9
(62.4)
11.8
(53.2)
6.7
(44.1)
2.5
(36.5)
10.15
(50.28)
降水量 mm (inch) 91
(3.58)
114
(4.49)
90
(3.54)
50
(1.97)
54
(2.13)
22
(0.87)
17
(0.67)
50
(1.97)
143
(5.63)
259
(10.2)
168
(6.61)
88
(3.46)
1,146
(45.12)
平均降水日数 10 10 11 8 8 3 2 4 7 13 12 9 97
平均月間日照時間 105.4 98.9 124.0 171.0 226.3 282.0 306.9 254.2 189.0 127.1 99.0 108.5 2,092.3
出典1:World Meteorological Organization (UN) [8]
出典2:Hong Kong Observatory(sun only)[9]

人口構成

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レンキャランはアゼルバイジャン最大のタリシュ人社会である。

宗教

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イスラム教が多数派で、特にシーア派が多い。 アゼルバイジャンイランに次いで2番目の人口を持つシーア派大国である。 [10] キチク市場モスクとボユク市場モスクが有名である。 [11]

文化

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2012年、首都バクーギャンジャと共にアース・アワー運動に参加した。 [12][13]

スポーツ

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レンキャラン競技場英語版のハザル・レンコランのファン

FKハザル・レンコランアゼルバイジャン・プレミアリーグで試合をしている。 レンキャラン競技場は2012 FIFA U-17女子ワールドカップの会場の1つになった。 2012年、ヨーロッパ重量挙げ大会の招致に成功した。 [14] [15] [16]

交通

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教育

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著名人

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姉妹都市

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写真

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脚注

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  1. ^ World Gazetteer: Azerbaijan – World-Gazetteer.com アーカイブ 2011年6月22日 - ウェイバックマシン
  2. ^ lənkəran on ozaramizdi.org[リンク切れ] (アゼルバイジャン語)
  3. ^ Lənkəran haqqında tarixi coqrafi məlumat (アゼルバイジャン語)
  4. ^ А. Периханян (1982), Этимологические заметки // Историко-филологический журнал. Ереван. № 1, pp. 55-62
  5. ^ a b History of Lankaran Archived 2011年7月6日, at the Wayback Machine.
  6. ^ Azerbaijan
  7. ^ a b Timothy C. Dowling Russia at War: From the Mongol Conquest to Afghanistan, Chechnya, and Beyond pp 728-730 ABC-CLIO, 2 dec. 2014 ISBN 978-1598849486
  8. ^ World Weather Information Service – Lenkaran”. United Nations. 19 January 2011閲覧。
  9. ^ Climatological Information for Lankaran, Azerbaijan”. Hong Kong Observatory. November 17, 2012閲覧。
  10. ^ Juan Eduardo Campo,Encyclopedia of Islam, p.625
  11. ^ Culture in Lankaran” (Azerbaijani). 13 November 2014閲覧。
  12. ^ Azerbaijan to join Earth Hour”. www.news.az. 17 November 2014閲覧。
  13. ^ IDEA campaign to hold Earth Hour action”. en.trend.az. 17 November 2014閲覧。
  14. ^ Lankaran Olympic Sport Complex”. www.noc-aze.org. 18 November 2014閲覧。
  15. ^ France end Asian domination”. fifa.com. FIFA. 6 July 2013閲覧。
  16. ^ Weightlifting Masters”. Official Website of European Masters Weightlifting 2012. 19 March 2011閲覧。
  17. ^ Lənkəranda çay plantasiyalarının sahəsi genişləndirilir[リンク切れ] (アゼルバイジャン語)
  18. ^ History of Lankaran:Economy[リンク切れ]
  19. ^ Turizm müəssisələri Archived 2009年4月5日, at the Wayback Machine. (アゼルバイジャン語)

外部リンク

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