ラルフ・シンプソン

アメリカのバスケットボール選手 (1949 - )

ラルフ・デレク・シンプソン (Ralph Derek Simpson, 1949年8月10日 - ) は、アメリカ合衆国の元プロバスケットボール選手。身長196cm、体重90kg。ポジションはシューティングガードABAでオールスターに5度選出された。

ラルフ・シンプソン
Ralph Simpson
引退
ポジション SG
基本情報
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
生年月日 (1949-08-10) 1949年8月10日(75歳)
出身地 ミシガン州デトロイト
身長(現役時) 196cm (6 ft 5 in)
体重(現役時) 90kg (198 lb)
キャリア情報
出身 ミシガン州立大学
ドラフト 1972年 11位
選手経歴
1970-1976
1976-1978
1978
1978-1979
1979
デンバー・ロケッツ/ナゲッツ
デトロイト・ピストンズ
デンバー・ナゲッツ
フィラデルフィア・76ers
ニュージャージー・ネッツ
受賞歴
  • ABAオールスター:1972-1976
  • オールABAチーム
    • 1stチーム:1976
    • 2×2ndチーム:1972, 1973
Stats ウィキデータを編集 Basketball-Reference.com
Stats ウィキデータを編集 NBA.com 選手情報 NBA.Rakuten

娘はグラミー賞を4度受賞した歌手のインディア・アリーである。

経歴

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シンプソンはデトロイトのパーシング高校でスター選手として活躍し、スペンサー・ヘイウッドと共にチームを州選手権優勝に導いた。進学したミシガン州立大学では2年次に平均29.0得点10.4リバウンドの好成績を残した。1970年に大学を中退してABAデンバー・ロケッツに入団した。

シンプソンは2年目の1970-71シーズンにリーグ4位の平均27.4得点をあげ、オールスターとオールABA2ndチームに選出された。この年から5年連続でオールスター出場を果たし、ナゲッツ(1974年にロケッツから改称)の中心選手として活躍を続けた。1975-76シーズンには平均18.0得点7.1アシスト(リーグ2位)の成績でオールABA1stチームに選ばれ、デイヴィッド・トンプソンダン・イッセルと共にチームをABAファイナルに導いたが、ニューヨーク・ネッツに敗れた。

1976年にABAとNBAが合併すると、シンプソンはデトロイト・ピストンズに加入してNBAキャリアをスタートさせた。NBAではABA時代のような活躍を見せることは出来ず、3年間でピストンズ、ナゲッツ、フィラデルフィア・76ersを渡り歩いた。1979-80シーズン、ニュージャージー・ネッツで8試合に出場したのを最後に現役を引退した。

ABAとNBAを合算した成績は、705試合の出場で通算11,785得点2,357アシスト(平均16.7得点3.3アシスト)であった。ナゲッツで記録した通算10,130得点は球団史上5位の数字である。

関連項目

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外部リンク

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