ラーオ文字(ラーオもじ、ラオ文字ラオス文字とも)はラーオ語を表記するための文字で、基本子音字27文字と母音符号、声調記号によって表される表音文字である。インド系の文字で左から右へ横書きに書く。起源を、紀元前3世紀ごろのインドで使用されていたブラフミー文字に求めることができる。しかし、その後の発展は諸説あり、はっきり分かっていない。現在のタイ文字と同様スコータイ文字[1]を元にしているため、タイ文字とよく似ている。

ラーオ文字
類型: アブギダ
言語: ラーオ語
親の文字体系:
姉妹の文字体系: タイ文字
Unicode範囲: U+0E80–U+0EFF
ISO 15924 コード: Laoo
注意: このページはUnicodeで書かれた国際音声記号 (IPA) を含む場合があります。
テンプレートを表示

概要

編集

今日の文字体系が出来上がったのは、フランスの植民地時代にラオス語の標準化が進められて以降のことである。近代的な教育制度の整備とともに、ラオス語教科書編纂がすすめられるなかで文字体系が出来上がっていった[2]

ラーオ文字の性質自体は非常に表音的であり、タイ文字のように発音しない文字を書かないため、日本人でも比較的簡単に修得することが出来るが、一方でサンスクリット=パーリ語の借用語で発音しない部分を書かないため、その語のはっきりとした意味をつかむことが非常に困難になる場合もある。

ラーオ文字とタイ文字の特徴的な違いをアルファベット化し例を示すと(アルファベットの斜体はタイ文字における読まないが表記する子音)、タイ語で「チャン」と発音する言葉は chantr จันทร์), chantn (จันทน์) などがあり、無発音子音があるため前者は「月」、後者は「白檀」と分かるが、ラーオ語ではただ単にcanと表記される。

また、昔に存在したL () とR () の違いが現在のラーオ語ではLに統一され、外来語を記載する場合にのみRの文字が使用される。

子音字

編集

基本子音

編集

一覧

編集

子音は全27字。タイ文字と同じく、高子音・中子音・低子音に分かれる。

文字 名称 転写 発音 分類
ກ ໄກ່ (ko kai) : コー・カイ(鶏のコー) k -k [k] -[k̚]
ຂ ໄຂ່ (kho khai) : コー・カイ(卵のコー) kh [kʰ]
ຄ ຄວາຍ (kho khwai) : コー・クァイ(水牛のコー) kh [kʰ]
ງ ງົວ/ງູ (ngo ngua/ngu) : ンゴー・ングーア/ングー(牛/蛇のンゴー) ng -ng [ŋ] -[ŋ]
ຈ ຈອກ (co cok) : チョー・チョーク (コップのチョー) c [tɕ]
ສ ເສືອ (so suea) : ソー・スーア(虎のソー) s [s]
ຊ ຊ້າງ (so sang) : ソー・サーン(象のソー) s [s]
ຍ ຍຸງ (nyo nyung) : ニョー・ニュン(蚊のニョー) ny -y [ɲ] -[j]
ດ ເດັກ (do dek) : ドー・デック (子供のドー) d -t [d] -[t̚]
ຕ ຕາ (to ta) : トー・ター(目のトー) t [t]
ຖ ຖົງ (tho thong) : トー・トン(袋のトー) th [tʰ]
ທ ທຸງ (tho thung) : トー・トゥン(旗のトー) th [tʰ]
ນ ນົກ (no nok) : ノー・ノック (鳥のノー) n -n [n] -[n]
ບ ແບ້ (bo bae) : ボー・ベー(羊のボー) b -p [b] -[p̚]
ປ ປາ (po pa) : ポー・パー(魚のポー) p [p]
ຜ ເຜິ້ງ (pho phueng) : ポー・プン(蜂のポー) ph [pʰ]
ຝ ຝົນ (fo fon) : フォー・フォン(雨のフォー) f [f]
ພ ພູ (pho phu) : ポー・プー(山のポー) ph [pʰ]
ຟ ໄຟ (fo fai) : フォー・ファイ(火のフォー) f [f]
ມ ແມວ (mo maew) : モー・メーウ(猫のモー) m -m [m] -[m]
ຢ ຢາ (yo ya) : ヨー・ヤー(薬のヨー) y [j]
ຣ ຣົຖ (ລົດ)/ຣະຄັງ (ລະຄັງ) (ro rot/rakhang) : ロー・ロット/ラカン(車/鐘のロー) l(r) [l]([r])
ລ ລີງ (lo ling) : ロー・リーン(猿のロー) l [l]
ວ ວີ (wo wi) : ウォー・ウィー(扇のウォー) w -w [w] -[w]
ຫ ຫ່ານ (ho han) : ホー・ハーン(ガチョウのホー) h [h]
ອ ໂອ ('o 'o) : オー・オー(桶のオー) ' [ʔ]
ຮ ເຮືອນ (ho huean) : ホー・フーアン(家のホー) h [h]

ラーオ文字もインド系文字の一種なので、上記の一覧を区切って並べることで、以下のように表にすることもできる。

こうして表にすることで、字形の連関や、子音の高・中・低の分類・分布も、分かりやすくなる。

(※デーヴァナーガリータイ文字クメール文字ビルマ文字チベット文字など、他のインド系文字の表と見比べてもらうと、総合的な理解も一層深まる。特に、タイ文字の表と見比べてもらうと、タイ文字ではサンスクリットパーリ語の音韻・表記との対応関係を維持するために、形式的に残されている(がゆえに、タイ語内の音韻的には重複してしまう)ような字母が、ラーオ文字では大胆に省かれていることが分かる。)

無声音 有声音 鼻音
無気音 有気音 有気音
軟口蓋音 k [k] kh [kʰ] kh [kʰ] ng [ŋ]
硬口蓋音 ch [tɕ] s [s] s [s] ny [ɲ]
歯茎音 d [d]
t [t])
th [tʰ] th [tʰ] n [n]
唇音 b [b]
p [p])
ph [pʰ]
f [f])
ph [pʰ]
f [f])
m [m]
接近音 y [j] l(r) [l]([r]) l [l] w(v) [w]([ʋ])
--- h [h] ' [ʔ] h [h]

複合子音

編集
文字 転写 発音 分類
ຫງ ng [ŋ]
ຫຍ ny [ɲ]
ໜ/ຫນ n [n]
ໝ/ຫມ m [m]
ຫຼ/ຫຣ r/l [r]/[l]
ຫຼ/ຫລ l [l]
ຫວ w [w]

母音字

編集

母音は、タイ文字と同じく、[a][i][ɯ][u] [ə]([ɤ]) [e][ɛ][o][ɔ]の9音で、長短の区別がある。

以下のように、子音字に記号を付加して表現する。(点線の丸部分に、子音字が入る。)

  • 音節が母音で終わる場合と末子音が後続する場合とで、表記が異なってくるものがある
  • 全体のおおまかな傾向を書いておくと、長母音を短母音にするのには「ະ」が用いられ、更に末子音付きの短母音にするのには「◌ັ」(短縮記号)等が用いられる
  • 複数の母音字を組み合わせる際には、専ら「ເ」が用いられる
基母音
長母音 短母音 転写 発音 備考
末子音なし 末子音あり 末子音なし 末子音あり
◌າ ◌ະ ◌ັ◌ a (aa), a [aː], [a]
◌ີ ◌ິ i (ii), i [iː], [i]
◌ື ◌ຶ ue, ue [ɯː], [ɯ] 唇を横に引いて「ウ(ー)」
◌ູ ◌ຸ u (uu), u [uː], [u] 唇を丸めて突き出して「ウ(ー)」
ເ◌ີ ເ◌ິ oe, oe [əː] ([ɤː]), [ə] ([ɤ]) オとエの中間音。曖昧な「ウ(ー)」
ເ◌ ເ◌ະ ເ◌ັ◌ e (ee), e [eː], [e]
ແ◌ ແ◌ະ ແ◌ັ◌ ae, ae [ɛː], [ɛ] 開口の「エ(ー)」
ໂ◌ ໂ◌ະ ◌ົ◌ o (oo), o [oː], [o]
◌ໍ ◌ອ◌ ເ◌າະ ◌ັອ◌ o, o [ɔː], [ɔ] 開口の「オ(ー)」
二重母音など
長母音 短母音 転写 発音 備考
末子音なし 末子音あり 末子音なし 末子音あり
ເ◌ັຽ, ເ◌ຍ ◌ຽ◌ ເ◌ັຽະ, ເ◌ັຍ ◌ັຽ◌ ia, ia [iːə], [iə]
ເ◌ືອ ເ◌ຶອ uea, uea [ɯːə], [ɯə]
◌ົວ ◌ວ◌ ◌ົວະ ◌ັວ◌ ua, ua [uːə], [uə]
ໄ◌/ໃ◌/◌ັຽ/◌ັຍ ai, ai [aːi], [ai]
ເ◌ົາ ao [ao]
◌ຳ am [am]

その他

編集

声調

編集

ラーオ語の声調は、

  • 上昇調 : 下位から上位へ急上昇
  • 中高調 : 中位からなだらかに上昇
  • 中平調 : 中位を平坦に
  • 低降調 : 低位からなだらかに下降
  • 下降調 : 上位から下位へ急下降

の5種類。

声調記号には、タイ文字と同じく、「◌່」(ໄມ້ເອກ, mai ek)、「◌້」(ໄມ້ໂທ, mai tho)、「◌໊」(ໄມ້ຕີ, mai ti)、「◌໋」(ໄມ້ຈັດຕະວາ, mai cattawa)の4つがある。(ただし、後者の2つは中子音のみに限定的な用法で用いられるだけなので、基本的には前者2つを押さえておけばいい。)

各音節は、

  • 子音の種類 (高子音中子音低子音
  • 声調記号の有無・種類 (無し・「◌່」(mai ek)・「◌້」(mai tho))
  • 音節の種類 (平音節(長母音・二重母音・非破裂音末子音終わり)・促音節(短母音・破裂音末子音終わり))
    (※なお、声調記号が付くのは、基本的に前者の平音節のみ)

の組み合わせによって、上記した5種類の声調のいずれかに割り振られる。

まとめると、以下のようになる。

子音の種類 平音節 促音節
無し ◌່」(mai ek) ◌້」(mai tho) 長母音 短母音
高子音 上昇 中平 低降 低降 中高
中子音 上昇 中平 下降 低降 中高
低子音 中高 中平 下降 下降 中平

数字

編集
0 1 2 3 4 5 6 7 8 9
sun ສູນ nung ນຶ່ງ song ສອງ sam ສາມ si ສີ່ ha ຫ້າ hok ຫົກ chet ເຈັດ paet ແປດ kao ເກົ້າ

コンピュータ

編集

ユニコード表

編集
U+ 0 1 2 3 4 5 6 7 8 9 A B C D E F
0E80
0E90
0EA0
0EB0
0EC0
0ED0
0EE0
0EF0

キーボード

編集

Windowsのラーオ語キーボードの配列は以下の通り。

 
赤字部分は「右Alt」を用いて入力。

脚注

編集
  1. ^ タイ文字は、1292年の銘のあるスコータイ王朝のラームカムヘン王の碑文で使用されている「スコータイ文字」を起源とする説が有力である。(矢野順子「文字は独立のあかし」/菊池陽子・鈴木玲子・阿部健一編著『ラオスを知る60章』明石書店 2010年 272ページ)
  2. ^ 矢野順子「文字は独立のあかし」/菊池陽子・鈴木玲子・阿部健一編著『ラオスを知る60章』明石書店 2010年 271ページ

関連項目

編集

外部リンク

編集