ミケル・アスタルロサ
(ミケル・アスタローザから転送)
ミケル・アスタルロサ・チャウレアウ(Mikel Astarloza Chaurreau、1979年9月19日- )は、スペイン、バスク自治州ギプスコア県出身の自転車競技選手。同じくロードレース選手である、イニィーゴ・チャウレアウは従兄弟。
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基本情報 | ||||
本名 |
Mikel Astarloza Chaurreau ミケル・アスタルロサ・チャウレアウ | |||
生年月日 | 1979年11月17日(44歳) | |||
国籍 | スペイン | |||
選手情報 | ||||
所属 | エウスカルテル・エウスカディ | |||
分野 | ロードレース | |||
役割 | 選手 | |||
プロ経歴 | ||||
2002–2006 2007–2009 2011.8– |
AG2R・プレヴォワイアンス エウスカルテル・エウスカディ エウスカルテル・エウスカディ | |||
主要レース勝利 | ||||
ツール・ド・フランス 区間通算1勝 ツアー・ダウンアンダー (2003) | ||||
最終更新日 2012年1月26日 |
経歴
編集- ツアー・ダウンアンダー総合優勝。
- ツール・ド・フランスではピレネー越えステージで健闘。総合9位に入った。
- ツール・ド・フランス 総合16位。
- バスク一周 総合6位。
ツール・ド・フランス第16ステージを制覇。総合11位。- その後、下記の通り、ドーピング違反により出場停止処分が下った。
ドーピング問題
編集2009年7月31日、国際自転車競技連合(UCI)は、同年6月26日にマドリードで国際アンチドーピング機構(WADA)が行った尿検査の結果、前日の7月30日にWADAから、エリスロポエチン(EPO)陽性反応が認められたという話を受け、出場保留処分としていたことを表明した[1]が、当人は当初事実を否定していた。
しかし2010年5月15日、スペイン自転車競技連盟は、2年間の出場停止処分を下した。したがって、上記の2009年ツール・ド・フランスにおける記録は全て抹消された。一方、エウスカルテル・エウスカディは、当人を引き続きサポートしていくことを表明した[2]。
脚注
編集- ^ サイクリングニュース2009年7月31日付記事(英語)
- ^ Astarloza suspended for two years for EPO - cyclingnews.com 2010年5月15日付記事(英語)
外部リンク
編集- ミケル・アスタルロサ - サイクリングアーカイヴス