マティヤ・ヤーマ
マティヤ・ヤーマ(Matija Jama、1872年1月4日 - 1947年4月6日)はスロベニア印象派の画家である。
マティヤ・ヤーマ Matija Jama | |
---|---|
生誕 |
1872年1月4日 スロベニア,リュブリャナ |
死没 |
1947年4月6日 スロベニア,リュブリャナ |
運動・動向 | 印象派 |
略歴
編集リュブリャナで生まれた。その後、家族とザグレブに移り、高校を出た後、法学を学ぶが、1890年に画家になるためにミュンヘンに留学し、スロベニア出身の画家、アントン・アズベの画塾で学び、2年後、リュブリャナに戻った。リュブリャナで絵を描き、スロベニアの雑誌「Dom in svet」の挿絵を描いた。
地元の人々の支援で1897年に再び、ミュンヘンに留学し、アズベの画塾で学び、ミュンヘン美術院に入学した。美術院は卒業はしなかった。1902年にオランダ人の画家、ルイーゼ・ファン・ラデルス(en:Louise_Jama-van_Raders)と結婚した。その後ヨーロッパ各地で暮らした。
後半生はスロベニアの印象派の画家リハルド・ヤコピッチとともに活動した。油絵の他に水彩画も描いた。
作品
編集-
(c.1930)
-
(1899)
-
リュブリャナ
-
(1913)
-
(c.1936)
-
(c.1930)
-
(c.1934)
参考文献
編集- Vadnjal, Sonja (2005) Slovenian impressionists - Matija Jama, www.thezaurus.com, Institute of Slovenian Studies Victoria, Australia.