ポルチシの唖娘』(ポルチシのおしむすめ、英語: The Dumb Girl of Portici)は、1916年製作・公開、ユニバーサル・フィルム・マニュファクチュアリング・カンパニー製作・配給によるアメリカ合衆国サイレント映画である[1]アンナ・パヴロワが主演し、ユニバーサル特作として製作されたことで知られる[2]

ポルチシの唖娘
The Dumb Girl of Portici
アンナ・パヴロワ(中央)
監督 フィリップス・スモーリー
ロイス・ウェバー
脚本 ロイス・ウェバー
原作 ウジェーヌ・スクリーブ
ジェルマン・ドラヴィーニュ
製作 カール・レムリ
出演者 アンナ・パヴロワ
ルパート・ジュリアン
撮影 ダル・クラウスン
アレン・G・シーグラー
R・W・ウォルター
配給 アメリカ合衆国の旗 ユニバーサル・フィルム・マニュファクチュアリング・カンパニー
日本の旗 播磨ユニヴァーサル商会
公開 アメリカ合衆国の旗 1916年4月3日
日本の旗 1916年10月21日
上映時間 約100分
製作国 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
言語 英語
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略歴・概要

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ウジェーヌ・スクリーブジェルマン・ドラヴィーニュによる1828年パリ初演のオペラ『ポルティチの唖娘』を原作にロイス・ウェバーが脚色、カール・レムリがプロデュース、ウェバーとフィリップス・スモーリーが共同で監督した作品である[1][2]。本作は、アンナ・パヴロワの映画デビュー作であり、パヴロワは当時の金額で5万ドルの報酬を受け取った[2]。クレジットはされていないが、ボリス・カーロフが端役で出演しており、カーロフの映画デビュー作となった[2]。1916年、ユニバーサル・フィルム・マニュファクチュアリング・カンパニー(現在のユニバーサル・ピクチャーズ)が製作・配給して、同年4月3日にアメリカ合衆国で公開された[1]。オリジナルは9巻であるが、米国内で7巻ないしは8巻でも上映されている[2]

日本では、播磨勝太郎が同1916年(大正5年)7月に設立した播磨ユニヴァーサル商会が独占配給し、同年10月21日に東京・浅草公園六区帝国館を皮切りに全国で公開された[3]

現在本作は、アンソニー・スライドによれば上映用プリントが現存し、同監督の現存する17作のうちの1作である[4]英国映画協会フィルム・アーカイヴがそのプリントを所蔵している[2]

永井荷風の「毎月見聞録」大正五年には、十月十五日の日付で、「魯西亜舞踏の名家アンナパヴロワの姿を撮影したる活動写真の「歌劇ポルチゝの啞娘」と題するもの帝国ホテル舞踏室にて昼夜二回興行す小山内薫露国舞踏について一場の講演をなす」とある。

スタッフ・作品データ

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キャスト

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クレジット順
ノンクレジット

関連項目

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  1. ^ a b c The Dumb Girl of Portici, Internet Movie Database (英語), 2010年4月6日閲覧。
  2. ^ a b c d e f g h The Dumb Girl of Portici, silentera.com (英語), 2010年4月6日閲覧。
  3. ^ 日本映画発達史 I 活動写真時代』 、田中純一郎中公文庫、1975年12月10日 ISBN 4122002850, p.257-261.
  4. ^ Lois Weber, or the exigency of writing: part six, William D. Routt, www.latrobe.edu.au (ラ・トローブ大学)、2010年4月6日閲覧。
  5. ^ William Wolbert - IMDb(英語), 2010年4月6日閲覧。
  6. ^ George A. Williams - IMDb(英語), 2010年4月6日閲覧。

外部リンク

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