ボビー・フェンウィック
ロバート・リチャード・フェンウィック(英語: Robert Richard Fenwick、1946年12月10日 - )は、沖縄県那覇市生まれ、アメリカ合衆国ミネソタ州育ちの元プロ野球選手(内野手)。右投右打。
基本情報 | |
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国籍 | アメリカ合衆国 |
出身地 | 日本 沖縄県那覇市 |
生年月日 | 1946年12月10日(77歳) |
身長 体重 |
5' 9" =約175.3 cm 165 lb =約74.8 kg |
選手情報 | |
投球・打席 | 右投右打 |
ポジション | 内野手 |
プロ入り | 1967年 MLBドラフト1巡目(全体16位) |
初出場 | 1972年4月26日 |
最終出場 | 1973年5月8日 |
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度) | |
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この表について
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経歴
編集米国統治下の沖縄で、アメリカ海軍に勤務していた父と通訳として働いていたハワイ出身の日系アメリカ人の母の間に誕生[1]。父が海軍を除隊後は、家族は父の故郷であるミネソタ州に移り、そこで育った[1]。
ミネソタ大学ツインシティー校在学中の1966年に行われたMLBドラフトにおいて、シカゴ・ホワイトソックスから27巡目(全体537位)で指名されたが、この時は入団しなかった[2]。
翌1967年のMLB二次ドラフト1巡目(全体16位)でサンフランシスコ・ジャイアンツから指名され、プロ入りした[3]。
1971年11月に行われたルール・ファイブ・ドラフトでヒューストン・アストロズから指名され移籍した[4]。
1972年4月26日にメジャーデビュー。この年はメジャーで36試合に出場した。オフの11月にトレードでセントルイス・カージナルスに移籍した。
1973年はカージナルスで開幕を迎え、その後アストロズ復帰、シカゴ・カブスに移籍と所属先を転々としたが、メジャーでの出場はカージナルスでの5試合にとどまった。
1974年にサンディエゴ・パドレスに移籍し、傘下AAA級ハワイ・アイランダーズでプレーしたのを最後に現役を引退した。
詳細情報
編集年度別打撃成績
編集年 度 |
球 団 |
試 合 |
打 席 |
打 数 |
得 点 |
安 打 |
二 塁 打 |
三 塁 打 |
本 塁 打 |
塁 打 |
打 点 |
盗 塁 |
盗 塁 死 |
犠 打 |
犠 飛 |
四 球 |
敬 遠 |
死 球 |
三 振 |
併 殺 打 |
打 率 |
出 塁 率 |
長 打 率 |
O P S |
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1972 | HOU | 36 | 53 | 50 | 7 | 9 | 3 | 0 | 0 | 12 | 4 | 0 | 1 | 0 | 0 | 3 | 1 | 0 | 13 | 1 | .180 | .226 | .240 | .466 |
1973 | STL | 5 | 6 | 6 | 0 | 1 | 0 | 0 | 0 | 1 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 2 | 0 | .167 | .167 | .167 | .333 |
MLB:2年 | 41 | 59 | 56 | 7 | 10 | 3 | 0 | 0 | 13 | 5 | 0 | 1 | 0 | 0 | 3 | 1 | 0 | 15 | 1 | .179 | .220 | .232 | .452 |
脚注
編集- ^ a b c “Bobby Fenwick”. BR Bullpen. 2023年11月19日閲覧。
- ^ “27th Round of the 1966 MLB June Amateur Draft”. Baseball-Reference.com. 2023年11月19日閲覧。
- ^ “1st Round of the 1967 MLB June Draft-Secondary Phase”. Baseball-Reference.com. 2023年11月19日閲覧。
- ^ “1971 Rule V Draft”. BR Bullpen. 2023年11月19日閲覧。
関連項目
編集外部リンク
編集- 選手の通算成績と情報 MLB、ESPN、Baseball-Reference、The Baseball Cube、Baseball-Reference (Register)
- Bobby Fenwick stats MiLB.com