プロジェクト‐ノート:執筆コンテスト/執筆コンテストの意義
最新のコメント:11 年前 | トピック:方向性の検討 | 投稿者:84story64
先行議論
編集- 先行する議論:
- Wikipedia:第3回秋の加筆コンクール/反省会#コンテスト・コンクールの位置づけ・意義とは(月間新記事賞・強化記事賞や良質な記事の選考とどう違うのか) (2012年2月4日)
- これに先行するものとして、
- Wikipedia:第3回秋の加筆コンクール/反省会#審査についての考え方 (2012年1月31日)
- Wikipedia:第3回秋の加筆コンクール/コメント#家庭経済学 (2011年12月18日)
- 利用者‐会話:もかめーる/Archive01#第3回加筆コンクールについて固定版リンク (2011年12月21日)
- これに先行するものとして、
- プロジェクト‐ノート:執筆コンテスト#参加者不足の原因について検討する必要があるのでは (2012年12月13日)
意見・提案など
編集- コメント 前にも書いたことがあるし、気にしていたテーマでもあるので、あらためて書いてみました/利用者:Ks aka 98/執筆コンテストの意義 --Ks aka 98(会話) 2012年12月13日 (木) 11:31 (UTC)
- コメント 「執筆コンテスト」は「良質な記事」の選考を兼ねるという絶対的な側面と、Wikipediaでのお祭りという側面、また、今までの自分の記事の執筆スタイルの見直し、違った観点からのとらえ方や、多数のコメントによる良い点や不足点の指摘という切磋琢磨、自分への挑戦という、様々な観点から捉えられると思うんです。それと、上に記載がありますように、もかめーるさんと加筆が進まなかった理由についてお話をしました。結果加筆にご協力頂けることになったり、プロジェクトやポータルが賑やかになったり、コンテストによって執筆者同士のコミュニケーションを図れることも有意義だと思います。
- あと「まじめに楽しむ」ということですか、しっかりとしたルールのもとで運営・審査をしないといけないのは当然ですが(勿論こういう議論も)、楽しむことも必要です。楽しむことは議論であっても、コメントであっても執筆であっても審査であってもなんでも良いと思います(議論妨害や荒らしはご遠慮頂きたいですが)。それは参加者の価値観でしょうから。私は執筆コンテストを「まじめに楽しみたい」と思います。--御門桜(会話) 2012年12月17日 (月) 16:52 (UTC) 一部修正:--御門桜(会話) 2012年12月17日 (月) 16:57 (UTC)
- 最近、いろんな意味でサボってますが、面白そうなのでコメントだけ。カテゴリー分けを行うのも手かもしれません。常に優良クラスの執筆者が集まるものではなく、初級から中級レベルの人が気軽に参加できるような気軽なコンテスト。意欲はあるのだけど書き方がわからないという人の書いた文章を中心に参加者らが共に参考文献を片手にして強化していくコンテスト。もしかしたらWikipediaを担える新たな人材が発掘できるかもしれません。--Hideokun(会話) 2012年12月17日 (月) 17:08 (UTC)
- コメント 別のページにも書きましたが、執筆コンテストは前述の通りの意義も踏まえた上で、「新しい意義」や「なぜ執筆コンテストなのか」というところをもう一度見つめ直し「執筆コンテスト1.0」から、「執筆コンテスト2.0」へ生まれ変わるべき時期が来ているのかも知れません。どう生まれ変われば、参加者(執筆者、審査員、運営委員など)が増えるか、いろんな方向性を持って行ければと思います。例えば、Hideokunさんが述べられました「初級者向け部門」みたいなのを作るのも良いでしょう。いろんな可能性を考えていければと思います。--御門桜(会話) 2012年12月19日 (水) 17:36 (UTC)
- コメント まだ書いてもよかったのかな? 私としては、「お祭り」を楽しみ、参加することで交流の幅が広がることを楽しみ、というもっぱら楽しみのためにコンテストに参加しています。「意義」について正面切って考えたことはないし、むしろあまり難しいことを考えるから窮屈になって人が減るんじゃないですかね。以前、九州オフに参加したときに「ウィキペディア合宿」の話が出たのですが、みんなでわいわいがやがやと議論したり手を出したりして、記事の成長をお互いに眺めて楽しむ、コンテストもそういうイメージで捉えています。実際、ときに予期しない共同作業による成果が得られるのも面白く、コンテストの醍醐味のひとつだと思います。審査についても、そうした過程を評価したり、ひとつの記事だけにとどまらない、関連項目の体系的整備を視野に入れたり、個人的にここが気に入った!といった、多様なあり方・観点があってよいはずです。記事のランク付けは別に制度があるわけですから、それが目的の人はそっちに行ってもらい、コンテストでは裾野を広げて、より自由で審査員も思わず編集参加してしまうようなノリを楽しんだらいいと思っています。--みっち(会話) 2013年3月1日 (金) 11:24 (UTC)
方向性の検討
編集こんにちは。84story64です。私は執筆コンテスト・加筆コンクールなどには参加したことがありません(そもそもアカウントとった以降に開催されていない)ので、分からないところもあるのですが、「執筆コンテスト」を(しっかりと検討・議論・準備を重ねて)再び開催することには、興味を持っています。先日、このような提案がありました。残念ながら、コメントが得られないまま読み込みが解除されてしまい(現在ついているコメントは、それ以降につけられたものです)、提案は流れてしまうようです。当該提案は「執筆コンテストの代替イベントとしての提案」のようです。参加したことのない私が言うのもどうかとは思うんですが、このような提案も上がっていることなどを考えると、私は、そろそろ次の「執筆コンテスト」に向けた検討を進めてもよいのではないかと考えています。さて、その検討を始めるに当たり、その第一歩として、私は執筆コンテストの根幹となる意義、目的、あるいはあるべき姿について、検討してみたいと思っています。下に意見をお寄せいただきたいと思います。--84story64(会話) 2013年7月15日 (月) 02:21 (UTC)語句追加84story64(会話) 2013年7月15日 (月) 02:25 (UTC)
- コメント提案者の意見として。執筆コンテストならびに加筆コンクールは、参加者が減少傾向にあるのは確かですが、プロジェクト‐ノート:執筆コンテストにてPasternさんが言っておられるように、イベント自体が敬遠されているわけではなさそうなのも確かだと思います。「執筆コンテスト」に参加するということになると、確かに敷居が高そうなイメージもあるのですが、そこを払拭し、楽しめる「お祭り」のようなものにすることがまず必要と考えます。エントリー者側のことを考えれば、「初級者向け部門」なり「執筆する量を基準とする部門」なりを作るのが一つの案でしょう。また、運営担当者側のことを考えると、審査テンプレートを作成することによって審査員のハードルを下げることが定まっているようですが、まだ他にも策があると思います。参加者を増やすためにも、新たな方向性・目的・意義を定めることは必要だと思うんですが、実際に執筆コンテストにかかわったことがないためか、私にはいい案が思い浮かんでこないのが残念です。--84story64(会話) 2013年7月15日 (月) 02:21 (UTC)