フーゴー・ユンカース(Hugo Junkers、1859年2月3日 - 1935年2月3日)は、ドイツ技術者発明家実業家航空機内燃機関等のメーカーであるユンカースの創設者であり、全金属製の飛行機、初期の高速ディーゼルエンジン開発の先駆者として知られる。

フーゴー・ユンカース

生涯

編集

エンジン技術者として成功を収め、アーヘン工科大学で教鞭を執った経歴もあるが、航空機の世界に関わりだしたのは中年期以降である。

固定翼飛行機の実用化から間もない1900年代後期に、いち早く全てを金属で構築した厚翼単葉構造の特許を申請するなど、先駆的な技術を着想した。第一次世界大戦中には先例の無かった全鋼鉄製の戦闘機を開発、終戦後には世界初の全ジュラルミン製輸送機の開発に成功した。ユンカース式のジュラルミン機体は、軽量さと頑丈さを両立したことで、次世代の全金属モノコック構造が出現する1930年代初頭までは最も先進的な存在であった。自社製機材を運航する航空会社も設立、1920年代にはクラウディウス・ドルニエと、旅客機による大西洋定期航路の構築を競った。

またユニークな対向ピストン式の2ストロークディーゼルエンジン開発に取り組むなど、独創的なエンジニアとして数々の実績を残した。

70歳を超えた晩年までユンカースの開発意欲は旺盛で、固定翼航空機用の高速ディーゼルエンジンの実用化にも取り組んでいた。しかし彼は自由主義的な思想の持ち主であり、アドルフ・ヒトラー率いるナチ党を批判していた。この言動が祟り、ナチス政権が成立するとユンカースは国家弾圧を受け、自ら設立したユンカース社を収奪され、経営からも追放されるに至った。彼は政権の監視下で軟禁生活を強いられながら死去した。

略歴

編集

関連作品

編集