ピーアールエヌ
株式会社ピーアールエヌは、かつて日本に存在した会社。旧法人名は株式会社プロレスリング・ノア。2016年10月31日までプロレスリング・ノアの運営を行っていた。2000年6月16日に設立(登記上は7月7日)。2017年2月1日に破産申請[1][2]。プロレス団体の運営と関連事業は譲渡したノア・グローバルエンタテインメント株式会社より引き続き行われている[1][2]。
2016年12月まで入居していたディファ有明 | |
種類 | 株式会社 |
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略称 | PRN |
本社所在地 |
日本 〒135-0063 東京都江東区有明1-3-25 ディファ有明 |
設立 | 2000年7月7日 |
業種 | サービス業 |
法人番号 | 8010601027152 |
事業内容 |
プロレス興行 関連企画の運営 |
代表者 | 破産管財人 小畑英一 |
資本金 | 1000万円 |
関係する人物 | 三沢光晴(創業者) |
外部リンク | プロレスリング・ノア公式サイト |
特記事項: 2000年6月16日、株式会社プロレスリング・ノアを設立(登記上は7月7日に設立)。 2016年11月1日、エストビー株式会社(現:株式会社CyberFight)に譲渡して商号を株式会社ピーアールエヌに変更。 2017年2月、破産申請[1][2]。 7月、法人格消滅[3]。 |
歴史
編集2000年6月16日、全日本プロレスを離脱した所属選手とスタッフを中心に株式会社プロレスリング・ノアを設立して三沢光晴が初代代表取締役社長に就任[1][2]。試合会場であるディファ有明に事務所と道場を構えた。8月5日、プロレス団体「プロレスリング・ノア」の旗揚げ戦をディファ有明で開催[1][2]。
以降は所属選手と団体の関連商品の販売、リングマット上の広告料、ファンクラブ運営、テレビ放映権などを得るなどして事業規模を拡大。東京ドーム、日本武道館、有明コロシアム、地方各地での興行を展開して平成18年6月期には売上高15億8400万円を記録[2]。
2009年3月、日本テレビでの地上波放送が打ち切り。6月、選手兼代表であった三沢が広島県立総合体育館 小アリーナ大会での試合中に事故死するアクシデントが発生。7月6日、田上明が2代目代表取締役社長に就任。しかし所属選手の退団や引退などが相次ぎ興行における集客が減少して経営状態が徐々に悪化していく[2]。
2016年11月1日、株式会社プロレスリング・ノアから現商号に変更すると共に運営と関連事業をエストビー株式会社(現:株式会社CyberFight)に譲渡[1][2]。
歴代役員
編集- 初代代表取締役社長 : 三沢光晴(2000年6月 - 2009年6月死去)
- 第2代代表取締役社長 : 田上明(2009年7月 - 2017年2月)