ピエール・ブラッスール
ピエール・ブラッスール(Pierre Brasseur、1905年12月22日 - 1972年8月16日)は、フランスの俳優。
ピエール・ブラッスール Pierre Brasseur | |
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1943年撮影 | |
本名 | ピエール=アルベール・エスピナス(Pierre-Albert Espinasse) |
生年月日 | 1905年12月22日 |
没年月日 | 1972年8月16日(66歳没) |
出生地 | フランス、パリ |
死没地 | イタリア、トレンティーノ=アルト・アディジェ州ブルーニコ |
国籍 | フランス |
職業 | 俳優、映画監督 |
配偶者 | オデット・ジョワイユ |
著名な家族 | クロード・ブラッスール |
主な作品 | |
『天井桟敷の人々』(1945年) 『顔のない眼』(1960年) 『城の生活』(1966年) |
生涯
編集ピエール=アルベール・エスピナス(Pierre-Albert Espinasse)としてパリに生まれる[1]。
俳優になるきっかけは、ブッフ・パリジャン劇場でモーリス・シュヴァリエの演技を見たことであった[2]。
1920年代にパブロ・ピカソ、マックス・ジャコブ、ルイ・アラゴン、アンドレ・ブルトン、ポール・エリュアール、バンジャマン・ペレらのシュルレアリスムの運動に参加し[3][2]、機関紙『シュルレアリスム革命』に寄稿した[4]。
アルベール・カミュ作の『戒厳令』、ポール・クローデル作の『真昼に分かつ』で主演[5]。ジャン=ポール・サルトル作の『悪魔と神』にも出演[1]。
1935年に作家としても知られる女優オデット・ジョワイユ[6]と結婚。翌1936年に生まれた息子クロード・ブラッスールも俳優である[2]。
出演作品
編集- コニャックの男 (Les Mariés de l'an II, 1971)
- 愛の島ゴトー
- ペルーの鳥 (Les oiseaux vont mourir au Pérou, 1968)
- まぼろしの市街戦 (Le Roi de Cœur, 1966)
- 帰ってきたギャング
- 城の生活
- 恋人たちの世界
- 黒い情事
- 悪い女
- 港町
- ヒッチ・ガール
- 素晴らしき恋人たち
- 汚れなき抱擁
- 家なき子
- 顔のない眼 (Yeux sans visage,1959)
- カルタゴ
- 大家族
- 掟
- リラの門
- 悪の塔
- ナポレオン
- 怪僧ラスプーチン
- やぶにらみの暴君
- 快楽
- 青ひげ (Barbe-Bleue, 1951)
- 失われた想い出
- 死の肖像
- 火の接吻
- 一日だけの天国
- 枯葉 ―夜の門―
- 星のない国 (Le Pays sans étoiles, 1946)
- ジェリコ作戦
- 天井桟敷の人々(第一部:犯罪大通り、第二部:白い男)(Les enfants du Paradis, 1945)
- 高原の情熱
- 霧の波止場 (Le Quai des brumes, 1938)
脚注
編集- ^ a b “PIERRE BRASSEUR” (フランス語). Encyclopædia Universalis. 2020年3月10日閲覧。
- ^ a b c “Pierre Brasseur - Cinémathèque française” (フランス語). cinema.encyclopedie.personnalites.bifi.fr. 2020年3月10日閲覧。
- ^ “ピエール ブラッスール”. コトバンク. 2020年3月10日閲覧。
- ^ “La Révolution surréaliste” (フランス語). Gallica (1929年12月15日). 2020年3月10日閲覧。
- ^ 利光哲夫. “ブラッスール(日本大百科全書)”. コトバンク. 2020年3月10日閲覧。
- ^ 邦訳に『バレエの世界』(大津俊克訳、ブックマン社、1980年)、『写真の発明者ニエプスとその時代』(持田明子訳、パピルス、1998年)、堀敬枝訳『デルフィーヌのバレエ日記』(偕成社、1991年)がある。
関連項目
編集外部リンク
編集- ピエール・ブラッスール - IMDb
- Pierre Brasseur - Ciné-Ressources
- Interview Pierre Brasseur - Institut national de l'audiovisuel(ブラッスールのインタビュー、1960年2月20日)
- Mort de Pierre Brasseur - Institut national de l'audiovisuel(インタビュー、演劇の一場面等、1972年8月15日)- フランス国立視聴覚研究所