ヒューリスティック

経験則に基づく問題解決・学習・発見の手法。得られる解は最適解とは限らない。
ヒューリスティクスから転送)

ヒューリスティック: heuristic: Heuristik)または発見的(手法)[1][2]:7[3]:272とは、対象の振る舞いや外面的特徴などの限定的な情報から本質を推測するなど、経験則的で解の精度を保証しないが、平均的には正解に近い解を得ることができる方法である。英語名詞としての正しい記載はヒューリスティクス(heuristics)である。発見的手法では、答えの精度が保証されない(平均的には正解に近い答えが出るが、時折発生する最悪のケースでは大間違いとなる)代わりに、未知の状況に対応でき、解答に至るまでの時間も短いという特徴がある。ヒューリスティクスは経験則の集積であるため体系的な定式化は不可能で、「ロジカルなインテリ」というよりは「達人」というイメージである[4]。「アルゴリズム」に対置する概念である[5]

主に計算機科学心理学の分野で使用される言葉であり、どちらの分野での用法も根本的な意味は同じであるが、指示対象が異なる。すなわち、計算機科学ではプログラミングの方法を指すが、心理学では人間思考方法を指すものとして使われる。なお、論理学では仮説形成法と呼ばれている。人間思考におけるヒューリスティックは、直観的な思考ショートカットであるが、認知バイアスに陥る危険性もある[6]ロジカルシンキングの観点からは、ヒューリスティクスは論理の飛躍として捉えられる。そのため、再現性(特に形式知としての共有可能性)の観点からすると、ヒューリスティクスを用いて得た結論については、後にロジカルシンキングを用いた厳密な検証が必要になる。

計算機科学

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計算機科学では、コンピューターに計算やシミュレーションを実行させるときに、発見的手法を用いることがある。たいていの計算は、計算結果の正しさが保証されるアルゴリズムか、または計算結果が間違っているかもしれないが誤差がある範囲内に収まっていることが保証されている近似アルゴリズムを用いて計算する。しかし、そのような方法だと、計算時間が爆発的に増加してしまうようなことがある。そのような場合に、妥協策として発見的手法を用いる。発見的手法は、精度の保証はないが、平均的には近似アルゴリズムより解の精度が高い。また、発見的手法の中でも、任意の問題に対応するように設計されたものは、メタヒューリスティックという。

発見的仮定

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アルゴリズムの近似精度や実行時間を評価したいが、真面目に評価するのが困難な場合、アドホックな仮定(妥当な仮定に見えるものの、その正しさを証明できないような、その場しのぎの仮定)をおいて評価を行うことが多い。こうした仮定のことを「発見的仮定」と呼ぶ[7]:82

アンチウイルスソフトウェア

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情報セキュリティの世界では、ヒューリスティックな手法を利用すると誤検知の可能性が生じるものの未知のリスクにも対応できるようになることが知られている[8]。近年のアンチウイルスソフトウェアでは、ヒューリスティックエンジンを搭載したものが増加してきている。「静的ヒューリスティック検知」と「動的ヒューリスティック検知」があり、いずれもプログラムの動作に着目してウイルスと疑われるプログラムを検知する[9]。但し、検知した段階では100%の正確さは保証しないため、最終的には人間による個別の判断が必要な場合もある。フリーソフトにも搭載されており、その進展を見せている。ただし、経験則的なルールを適用するため、個々のソフトの発見的機能は名称として同じでも、その仕組みは異なっているものが多い。一般的には誤検知を少なくするために、既知のリスクだけを100%正確に検出するパターンマッチングを併用する[10]

心理学

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心理学における発見的手法は、人が複雑な問題解決などのために、何らかの意思決定を行うときに、暗黙のうちに用いている簡便な解法や法則のことを指す。これらは、経験に基づくため、経験則と同義で扱われる。判断に至る時間は早いが、必ずしもそれが正しいわけではなく、判断結果に一定の偏り(バイアス)を含んでいることが多い。なお、発見的手法の使用によって生まれている認識上の偏りを、「認知バイアス」と呼ぶ。認知バイアスは幅広い経験を積むことで軽減することが可能である。

発見的手法の例

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利用可能性発見的手法[注釈 1]、想起発見的手法
想起しやすい事柄や事項を優先して評価しやすい意思決定プロセスのことをいう。
英語の訳語である検索容易性という言葉の示す通りの発見的手法である。
代表性発見的手法[注釈 2]
特定のカテゴリーに典型的と思われる事項の確率を過大に評価しやすい意思決定プロセスをいう。
代表的な例として、「リンダ問題」がある。
係留と調整[注釈 3]
最初に与えられた情報を基準として、それに調整を加えることで判断し、最初の情報に現れた特定の特徴を極端に重視しやすい意思決定プロセスをいう。

具体的な成功例

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本節ではヒューリスティックな手法によって問題解決に成功した例を示す。

USエアウェイズ1549便不時着水事故

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USエアウェイズ1549便不時着水事故でパイロットがヒューリスティックな判断を行った結果として乗員・乗客全員の命が救われた事例がある。事故発生当時、USエアウェイズ便は離陸直後に雁の群れと衝突(バードストライク)し、エンジンが停止した。次の空港へ安全に着陸したいところであったが、飛行機が次の空港まで到達できるかは定かではない。パイロットは即座の判断を行うために、物理的な計算(軌道や風向など)を行わず、フロントガラスの外に見えるある一点に注目した。このとき、フロントガラスの一点は上昇していた、すなわち飛行機は既に墜落し始めていたのである。パイロットは、空港まで飛行機を飛ばさずハドソン川に着陸する選択肢を選んだ。これにより、乗客・乗員全員は無事だったという。視線ヒューリスティックを利用した短時間の判断が、合理的な判断(人の命を救う)を導いた例といえる[11]

脚注

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注釈

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  1. ^ : availability heuristic
  2. ^ : representative heuristic
  3. ^ : anchoring and adjustment

出典

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参考文献

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  • 萩下敬雄、大崎純「発見的手法と非線形計画法の統合による離散構造の位相最適化」『日本建築学会構造系論文集』第73巻第633号、日本建築学会、2008年11月30日、1959-1965頁、doi:10.3130/aijs.73.19592019年8月25日閲覧 
  • 竹原有紗「用語解説:第7回テーマ:ヒューリスティックアプローチ」『電気学会論文誌B』第131巻第5号、電気学会、2011年5月1日、5-7頁、doi:10.1541/ieejpes.131.NL5_72019年8月25日閲覧 
  • 玉置久「最適化」『計測と制御』第46巻第4号、電気学会、2007年4月10日、268-273頁、doi:10.11499/sicejl1962.46.2682019年8月25日閲覧 
  • 洪起、高梨晃一「信頼性理論に基づく最適設計 : 強度の経年劣化を考えた構造物の荷重係数」『日本建築学会構造系論文報告集』第418巻、一般社団法人日本建築学会、1990年12月30日、81-86頁、doi:10.3130/aijsx.418.0_812019年8月25日閲覧 
  • 中島秀之、高野陽太郎、伊藤正雄『岩波講座 認知科学 8 思考』岩波書店、1994年、10,112頁。ISBN 9784000106184 
  • 鹿取 廣人・杉本敏夫編『心理学』(第2版)東京大学出版会、2004年、174頁。ISBN 9784130120418 
  • 市川伸一「第六章 第一節 不確かな状況におけるヒューリスティックス」『考えることの科学-推論の認知科学への招待』(第2版)中央公論新社〈中公新書〉、1997年、110-113頁。ISBN 9784121013453 
  • T. ギロビッチ 著、守一雄・守秀子 訳『人間この信じやすきもの-迷信・誤信はどうして生まれるのか』新曜社、1993年。ISBN 9784788504486 

関連項目

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外部リンク

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