ヒキナ
ヒキナ(ドイツ語: Hikinna, 900年代 - 940年代)はドイツ王コンラート1世の庶出の娘で、ヴォルムスガウ伯ヴェルナー5世の妻。赤公の名で知られるロートリンゲン大公コンラートの母。
ヒキナ・フォン・フランケン Hikinna von Franken | |
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ヴォルムスガウ伯爵妃 | |
在位 | 920年頃‐936年 |
出生 |
900年代? フランケン |
死去 |
940年代? 不詳 |
結婚 | 920年頃 |
配偶者 | ヴェルナー5世 |
子女 | コンラート |
家名 | コンラディン家 |
父親 | コンラート1世 |
生涯
編集結婚
編集父が義理の異父兄にあたるアルヌルフ悪公との戦いで戦死したのちに、従兄ヴォルムスガウ伯ヴェルナー5世と結婚したとされる。
夫の死後
編集936年に夫ヴェルナー5世が没すると息子コンラートが公位を継いだ。ヒキナはまだ幼い息子の補佐に尽力したという。その後、ヒキナは、40歳頃に亡くなったという。
死後
編集ヒキナの死後コンラートは神聖ローマ皇帝オットー1世の信頼を得て、オットー1世の娘リウトガルトと結婚した。そしてその子孫コンラート2世はザクセン朝の断絶後に神聖ローマ皇帝に即位してザーリアー朝を開いた。これによりのカール大帝およびコンラート1世の系統による皇帝位の世襲が復活した。