パリトキシン
パリトキシン (palytoxin) は、海産毒素の1種。非ペプチド性の化合物ではマイトトキシンに次ぐ猛毒である。1971年に、ハワイに生息する腔腸動物イワスナギンチャク Palythoa toxica から初めて単離された[1]。多糖類やタンパク質といったポリマー系の生体高分子ではなく、構造式が正確に定まるような天然有機化合物の中では最大の部類に入る。名称は、Palythoa から分離されたことに由来する〔paly+toxin(毒)〕。
パリトキシン | |
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(E,2S,3R,5R,8R,9S)-10-[(2R,3R,4R,5S,6R)-6-[(1S,2R,3S,4S,5R,11S)-12-[5-[(8S)-9-[(2R,3R,4R,5R,6S)-6-[(E,2S,3S,6S,9R)-10-[(2S,4R,5S, 6R)-6-[4-[(2R,3S,4R,5R,6S)-6-[(2S,3Z,5E,8R,9S,10R,12Z,17S,18R,19R, 20R)-21-[(2R,3R,4R,5S,6R)-6-[(Z,3R,4R)-5-[6-[2-[(2R,3R, 5S)-5-(aminomethyl)-3-hydroxyoxolan-2-yl]ethyl]-4, 7-dioxabicyclo[3.2.1]octan-3-yl]-3,4-dihydroxypent-1-enyl]-3,4, 5-trihydroxyoxan-2-yl]-2,8,9,10,17,18, 19-heptahydroxy-20-methyl-14-methylidenehenicosa-3,5,12-trienyl]-3,4, 5-trihydroxyoxan-2-yl]-2,3-dihydroxybutyl]-4,5-dihydroxyoxan-2-yl]-2,6, 9,10-tetrahydroxy-3-methyldec-4-enyl]-3,4,5, 6-tetrahydroxyoxan-2-yl]-8-hydroxynonyl]-1,3-dimethyl-6, 8-dioxabicyclo[3.2.1]octan-7-yl]-1,2,3,4, 5-pentahydroxy-11-methyldodecyl]-3,4,5-trihydroxyoxan-2-yl]-2,5,8, 9-tetrahydroxy-N-[(E)-3-(3-hydroxypropylamino)-3-oxoprop-1-enyl]-3,7-dimethyldec-6-enamide | |
識別情報 | |
CAS登録番号 | 11077-03-5, 77734-92-0 (C52-55-hemiacetal) 7734-91-9 (C51-55-hemiacetal) |
PubChem | 45027797 |
日化辞番号 | J1.476.040G |
特性 | |
化学式 | C129H223N3O54 |
モル質量 | 2680.14 g mol−1 |
外観 | アモルファス |
水への溶解度 | 可溶 |
危険性 | |
主な危険性 | T+ |
半数致死量 LD50 | 33 ng/kg(イヌ、静注) 78 ng/kg(サル、静注) 150 ng/kg(マウス、静注) 89 ng/kg(ラット、静注) |
出典 | |
LD50[1][2] | |
特記なき場合、データは常温 (25 °C)・常圧 (100 kPa) におけるものである。 |
毒性
編集マウスに対する半数致死量 LD50(静脈内注射)は0.15 µg/kg[1]で、フグ毒として有名なテトロドトキシン(LD50 8 µg/kg、静注)よりも強い。ハワイの先住民族では、矢毒として用いられていた[4]。
作用機序
編集ナトリウムチャネルに対し何らかの形で作用して、細胞膜のナトリウムイオン透過性を増す。フグ毒のテトロドトキシンの作用と反対である。Na+-K+ATPアーゼに対する特異的作用を示す。
発見
編集1971年にハワイ大学のMooreとScheuerによってスナギンチャクから単離されたが、そのスナギンチャクの住む入り江には、サメの歯を背中に持つ男を殺したために海水が毒を持つようになったという伝説があった[1]。分子量が2680と大きいために、その正確な決定が困難だったが、1976年に252Cf(カリホルニウム-252)を使うプラズマ脱離イオン化 (PDI) 法質量分析[5]により決定された[6]。
構造と全合成
編集平面構造は、1981年にMooreらの研究グループと上村大輔らの研究グループにより独立に解明された[7][8]。つづく1982年、Mooreらのグループと上村大輔、岸義人らのグループにより絶対立体配置が決定された[9][10]。
1994年に、テトロドトキシンやマイトマイシンCの合成などの業績で知られる岸義人らにより全合成が達成された[11][12]。64個のキラル中心と115連続炭素骨格を持ち、複雑かつ巨大な分子であるパリトキシンの全合成は、現在においても有機合成化学における金字塔であると考えられている。
動態
編集環境中でのパリトキシンの動態はまだ完全には解明されていないが、パリトキシン類縁体の第一生産者は有毒渦鞭毛藻 (Ostreopsis siamensis) であると考えられている。スナギンチャクには褐虫藻などが共生しているのが分かっており、そういった藻類からスナギンチャクにパリトキシンが蓄積される、という経路が1つの選択肢である。そしてアオブダイ等の魚はスナギンチャクを餌として捕食するので、結果としてアオブダイにパリトキシンが溜まり、そのアオブダイを人間が食べると中毒を起こす、と考えられている。なお、加熱しても毒性は失われない。
主な保有生物
編集毒の保有は餌となる生物に依存するため、同じ魚種であっても海域により毒性の有無は変わる。
中毒症状
編集発症までの時間は、3~36時間。主症状は横紋筋融解症による筋肉痛、CPK,GOT,GPT の上昇、茶褐色に変色した尿(褐色尿)、麻痺・痙攣など。重症の場合、呼吸困難、不整脈、ショックや腎障害。人間の冠状動脈に対して極度の収縮作用があり、それが人に対する致死原因になると考えられている。
出典
編集- ^ a b c d Moore, R. E.; Scheuer, P. J. (Apr 1971). “Palytoxin: a new marine toxin from a coelenterate”. Science 172 (982): 495-298. doi:10.1126/science.172.3982.495. PMID 4396320.
- ^ Vick, J. A.; Wiles, J. S. (1975). “The mechanism of action and treatment of palytoxin poisoning”. Toxicol. Appl. Pharmacol. 34 (2): 214-223. doi:10.1016/0041-008X(75)90026-5. PMID 1871.
- ^ 林瑞那, 秦眞美, 舘井浄子, 長谷川晶子, 藤浦明, 皆川洋子「培養細胞を用いたパリトキシン毒性試験法の検討」『愛知県衛生研究所報』第61号、愛知県衛生研究所、2011年3月、31-38頁、CRID 1050845763660617856、ISSN 0515-7803。
- ^ ハーバード大学. “Legend of Palytoxin” (英語). 2010年10月21日閲覧。
- ^ 日本質量分析学会 (2009年). “マススペクトロメトリー関係用語集” (PDF). 2010年10月21日閲覧。
- ^ Macfarlanea, R. D.; Torgersona, D. F. (1976). “252Cf-plasma desorption time-of-flight mass spectrometrystar”. Int. J. Mass Spectrom. Ion Phys. 21 (1-2): 81-92. doi:10.1016/0020-7381(76)80068-X.
- ^ Moore, R. E.; Bartolini, G. (1981). “Structure of palytoxin”. J. Am. Chem. Soc. 103 (9): 2491–2494. doi:10.1021/ja00399a093.
- ^ Uemura, D.; Ueda, K.; Hirata, Y.; Naoki, H.; Iwashita, T. (1981). “Further studies on palytoxin. II. structure of palytoxin”. Tetrahedron Lett. 22 (29): 2781-2784. doi:10.1016/S0040-4039(01)90551-9.
- ^ Cha, J. K.; Christ, W. J.; Finan, J. M.; Fujioka, H.; Kishi, Y.; Klein, L. L.; Ko, S. S.; Leder, J.; McWhorter, W. W.; Pfaff, K.-P.; Yonaga, M. (1982). “Stereochemistry of palytoxin. Part 4. Complete structure”. J. Am. Chem. Soc. 104 (25): 7369–7371. doi:10.1021/ja00389a101.
- ^ Moore, R. E.; Bartolini, G.; Barchi, J.; Bothner-By, A. A.; Dadok, J.; Ford, J. (1982). “Absolute stereochemistry of palytoxin”. J. Am. Chem. Soc. 104 (13): 3776–3779. doi:10.1021/ja00377a064.
- ^ Armstrong, R. W.; Beau, J.-M.; Cheon, S. H.; Christ, W. J.; Fujioka, H.; Ham, W.-H.; Hawkins, L. D.; Jin, H.; Kang, S. H.; Kishi, Y.; Martinelli, M. J.; McWhorter, W. W., Jr.; Mizuno, M.; Nakata, M.; Stutz, A. E.; Talamas, F. X.; Taniguchi, M.; Tino, J. A.; Ueda, K.; Uenishi, J.; White, J. B.; Yonaga, M. (1989). “Total Synthesis of Palytoxin Carboxylic Acid and Palytoxin Amide”. J. Am. Chem. Soc. 111: 7530-7533. doi:10.1021/ja00201a038.
- ^ Suh, E. M.; Kishi, Y. (1994). “Synthesis of Palytoxin from Palytoxin Carboxylic Acid”. J. Am. Chem. Soc. 116: 11205-11206. doi:10.1021/ja00103a065.
- ^ 厚生労働省. “自然毒のリスクプロファイル:魚類:パリトキシン様毒”. 2010年10月21日閲覧。
参考文献
編集- 平田義正、上村大輔「腔腸動物の毒パリトキシン」『ファルマシア』第18巻第3号、日本薬学会、1982年3月、181-185頁、CRID 1390564238015080960、doi:10.14894/faruawpsj.18.3_181、ISSN 0014-8601。
- 上江田捷博、上村大輔、平田義正、高野敏「33 腔腸動物イワスナギンチャクの有毒物質パリトキシンおよびその他の成分について」『天然有機化合物討論会講演要旨集』第21巻、天然有機化合物討論会実行委員会、1978年、245-252頁、CRID 1390001206074879232、doi:10.24496/tennenyuki.21.0_245、ISSN 2433-1856。
- 高知市保健所:高橋 朗、安藤 徹、森本和憲、秋山麻里、石井由紀、吉田雅憲. “パリトキシン様物質による食中毒について” (PDF). 2010年10月21日閲覧。[リンク切れ]
- 彼谷邦光「講義 藍藻毒の分析」(PDF)『ぶんせき』2002年第8号、東京 : 日本分析化学会、2002年8月、436-441頁、ISSN 03862178、国立国会図書館書誌ID:6261322。
- 谷山茂人「本州で発生したパリトキシン様中毒とシガテラ」『日本水産学会誌』第74巻第5号、日本水産学会、2008年、917-918頁、CRID 1390282681392624256、doi:10.2331/suisan.74.917、ISSN 0021-5392。