ハリコンドリンB (halichondrin B) は、クロイソカイメンHalichondria okadaiに含まれる天然物である。1986年に、平田義正上村大輔によって単離された[1]。同時に平田らは、ハリコンドリンBが、マウスがん細胞に対して培養細胞ならびに生体 (in vivo) で非常に強い抗がん活性を示すことを報告している[1]

Halichondrin B
識別情報
CAS登録番号 103614-76-2
PubChem 5488895
ChemSpider 10256208
日化辞番号 J1.053.507G
特性
化学式 C60H86O19
モル質量 1111.31 g mol−1
特記なき場合、データは常温 (25 °C)・常圧 (100 kPa) におけるものである。

ハリコンドリンBは、アメリカ国立癌研究所 (NCI) による新規抗がん剤開発において非常に重点的に研究され[2]、1991年、NCIの有名な(当時は全く新規の)60-cell lineスクリーニング[3] による初めての試験例となった。60-Cell lineスクリーニングは、60種類のヒトがん細胞に対する抗がん活性を分析することで、抗がん剤の作用機構を解析する方法であり、ハリコンドリンBの場合はチューブリンを標的とする細胞分裂阻害剤であることが明らかとなった[4]

分子量1,110に及ぶポリエーテル化合物である(マクロリドではない)ハリコンドリンBの全合成は、1992年にハーバード大学岸義人らによって達成された[5]。以後、誘導体合成が可能になったことにより、ハリコンドリンBの構造を単純化し、医薬品として最適化した誘導体エリブリン (eribulin, E7389, ER-086526, NSC-707389) の発見・開発へとつながった[6][7]

エリブリンメシル酸塩(商品名ハラヴェン)は2010年11月15日米国食品医薬品局 (FDA) から「アントラサイクリン系およびタキサン系抗がん剤を含む少なくとも2種類のがん化学療法による前治療歴のある転移性乳がん」に対する抗がん剤として承認された[8][9]。2010年現在、エーザイによって局所再発性・転移性乳がんに対する治療薬として日本欧州スイスシンガポールで承認申請が行なわれている[10]。末期転移性乳がんに加えて、非小細胞肺がんや、前立腺がん肉腫など様々な固形がんに対するエリブリンの適応がエーザイによって研究されている[11]

エリブリン (E7389) の構造

脚注

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  1. ^ a b Hirata Y, Uemura D (1986). “Halichondrins - antitumor polyether macrolides from a marine sponge”. Pure Appl. Chem. 58 (5): 701–710. doi:10.1351/pac198658050701. 
  2. ^ アメリカ国立癌研究所 (NCI). “Success Story - Halichondrin B (NSC 609395), E7389 (NSC 707389)” (英語). 2010年10月20日閲覧。
  3. ^ アメリカ国立癌研究所 (NCI). “NCI-60 DTP Human Tumor Cell Line Screen” (英語). 2010年10月20日閲覧。
  4. ^ Bai RL, Paull KD, Herald CL, Malspeis L, Pettit GR, Hamel E (August 1991). “Halichondrin B and homohalichondrin B, marine natural products binding in the vinca domain of tubulin. Discovery of tubulin-based mechanism of action by analysis of differential cytotoxicity data”. J. Biol. Chem. 266 (24): 15882–9. PMID 1874739. 
  5. ^ Aicher TD, Buszek KR, Fang FG, Forsyth CJ, Jung SH, Kishi Y, Matelich MC, Scola PM, Spero DM, Yoon SK (1992). “Total synthesis of halichondrin B and norhalichondrin B”. J. Am. Chem. Soc. 114 (8): 3162–3164. doi:10.1021/ja00034a086. 
  6. ^ Towle MJ, Salvato KA, Budrow J, Wels BF, Kuznetsov G, Aalfs KK, Welsh S, Zheng W, Seletsk BM, Palme MH, Habgood GJ, Singer LA, Dipietro LV, Wang Y, Chen JJ, Quincy DA, Davis A, Yoshimatsu K, Kishi Y, Yu MJ, Littlefield BA (February 2001). “In vitro and in vivo anticancer activities of synthetic macrocyclic ketone analogues of halichondrin B”. Cancer Res. 61 (3): 1013–21. PMID 11221827. 
  7. ^ Yu MJ, Kishi Y, Littlefield BA (2005). “Discovery of E7389, a fully synthetic macrocyclic ketone analogue of halichondrin B”. In Newman DJ, Kingston DGI, Cragg, GM. Anticancer agents from natural products. Washington, DC: Taylor & Francis. ISBN 0-8493-1863-7 
  8. ^ 米国FDAが新規抗がん剤「HALAVEN™」(エリブリン メシル酸塩)注射剤を転移性乳がんの適応で承認 ---海洋生物(クロイソカイメン)由来の抗腫瘍性天然物ハリコンドリンBの全合成類縁化合物が前治療歴のある転移性乳がんに対して全生存期間を統計学的有意差をもって延長---』(プレスリリース)エーザイ、2010年11月16日http://www.eisai.co.jp/news/news201064.html2010年11月16日閲覧 
  9. ^ "FDA approves new treatment option for late-stage breast cancer" (Press release). USFDA. 15 November 2010. 2010年11月15日閲覧
  10. ^ エーザイ (2010年6月23日). “新規抗がん剤エリブリン (E7389) 日本で優先審査品目に指定”. ニュースリリース. 2010年10月20日閲覧。
  11. ^ ClinicalTrials.gov. “Search of- eribulin - List Results”. 2010年11月16日閲覧。

外部リンク

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  • E7389 - エーザイ用語集