ハマのドン (映画)
『ハマのドン』は、2023年公開の日本のドキュメンタリー映画。監督は松原文枝。横浜市のカジノ誘致[1]を阻止するために立ち上がった藤木幸夫の戦いを描いた作品[2]。テレビ朝日が制作した2本のドキュメンタリー番組、『ハマのドン "仁義なき戦い"』(2021年11月放送)と『ハマのドン "最後の闘い" ―博打は許さない』(2022年2月放送)を元にしている。番組版はそれぞれテレメンタリー2021年度最優秀賞、放送人グランプリ2022優秀賞を受賞した[3][4]。
ハマのドン | |
---|---|
監督 | 松原文枝 |
製作 | 江口英明、雪竹弘一 |
ナレーター | リリー・フランキー |
出演者 | 藤木幸夫 |
撮影 | 金森之雅、花山陽子、鈴木正隆、岩切天平、齋藤茂 |
編集 | 東樹大介 |
製作会社 | テレビ朝日 |
配給 | 太秦 |
公開 | 2023年5月5日 |
上映時間 | 100分 |
製作国 | 日本 |
言語 | 日本語 |
背景・概要
編集2018年7月20日、安倍政権は特定複合観光施設区域整備法(IR整備法)を強行成立させた[5][6]。統合型リゾート(IR)は3か所を上限に整備され、名乗りを上げる都市が誘致にしのぎを削ることとなった[7]。同年8月5日付の東京新聞「こちら特報部」は、横浜港運協会(244社加盟)会長で「ハマのドン」の異名を持つ藤木幸夫[8]へのインタビューに紙面を大きく割いた。藤木は山下埠頭へのカジノ誘致案に対し「命がけで反対する」と述べた[7]。このことを知ったテレビ朝日の松原文枝[注 1]は2019年1月4日に行われた横浜港運協会の賀詞交換会に出席し、藤木と初めて会った[14][15]。言動に共感した松原は会社に「カジノ構想に声高に反対する保守の有力者」との企画書を提出。『サンデーモーニング』などで特集を組んだ[14]。
2019年4月24日、テレビ朝日は、横浜港運協会が翌月に新組織「横浜港ハーバーリゾート協会」を立ち上げ、海外の大手カジノ事業者に対抗すると報じた[16]。5月7日、横浜港ハーバーリゾート協会が設立登記され、会長には藤木が就任した[17][18]。7月28日のANNニュースでは、松原は記者として各地で取材を行った[19]。
同年8月22日、横浜市長の林文子はそれまで白紙としてきたIRの誘致について、2020年代後半の開業実現を目指し誘致を進めていくことを正式に表明した[1][20]。これを受けて8月23日、藤木は緊急会見を開き、「山下埠頭は我々の聖地。命を懸けて(カジノに)反対する」「林さんには顔に泥を塗られた。泥を塗ったのは林さんだけど、塗らせた人がいることははっきり分かっている」と語った[21][22]。
2020年2月、松原は「放送ウーマン賞2019」(主催:日本女性放送者懇談会)を受賞した[23]。
2021年7月17日、横浜市長選挙への立候補を表明した元大学教授の山中竹春の支援団体などが集まる合同選対会議の初会合が開かれる。名誉議長として出席した藤木は山中を全面支援する考えを示した[8]。同日、山中の政治団体「横浜をコロナとカジノから守る会」の事務所開きが行われ、藤木は同団体の代表に就任した[8][24]。8月3日、藤木は日本外国特派員協会で記者会見し、「カジノはやっていいんですよ。横浜港以外ならどこでもやってくださいよ。だって国がやると言ってるんだから」と述べた[25]。
同年8月8日、横浜市長選挙が告示され、計8人が立候補した。8人のうち、IR誘致賛成を掲げたのは林と元衆議院議員の福田峰之の2人[26]。横浜商工会議所など地元業界団体はIR推進を掲げる林の支援を決定した[27][28]。IR中止を表明した前衆議院議員の小此木八郎を菅義偉首相は「全面的かつ全力で応援する」と明言[29]。自民党の神奈川県議全員と、党の市議36人のうち30人が小此木の支援に回り[30][31]、選挙戦序盤の8月10日、朝日新聞は「小此木がわずかな差で先行し、山中と林が激しく追う展開」と報じた[32]。市長選の趨勢を決めたのは7月頃から顕著になった新型コロナウイルスの感染爆発だった[33]。神奈川県内の感染者は8月13日から20日にかけて8日連続で2,000人を超えた[34]。林市長ならびに菅首相の失政とみなす声は日増しに高まり、投開票日の8月22日、山中がいわゆる「ゼロ打ち」で圧勝した[35][36][33]。9月10日、山中は所信表明演説を行い、公約どおり誘致撤回を宣言した[37]。
同年11月28日、テレビ朝日の「テレメンタリー」の枠で『ハマのドン "仁義なき闘い"』が放送された。ディレクターは松原が務めた。『ハマのドン "仁義なき闘い"』はテレメンタリーの2021年度最優秀賞を受賞し、再放送も行われた[3][38]。
2022年2月5日、民間放送教育協会が年に一度放送するドキュメンタリー番組「民教協スペシャル」がテレビ朝日で放映。第36回は、同じく松原がディレクターを務めた『ハマのドン "最後の闘い" ―博打は許さない』であった。『ハマのドン "最後の闘い" ―博打は許さない』は「民教協スペシャル」のそれまでの10年間で最高の視聴率を記録し[39]、放送人グランプリ2022の優秀賞を受賞した[4][40]。「民教協スペシャル」の審査員を務めていた森達也から「映画にしたらいいのではないか」と勧められ、松原は映画化を決断。企画書を書き、社内で検討が行われた結果、映画化の決裁が下った[39]。
同年11月22日、横浜市は、山下埠頭再開発の新たな事業計画策定に向けて、事業者から寄せられた10件の提案資料のうち数件を公表した[41][42][43]。その中には、藤木が会長をつとめる横浜港ハーバーリゾート協会や鹿島建設、竹中工務店などが作成した提案書もあった[41][42][43]。現時点ではどの事業者からの提案かは不明だが、中にはスポーツ・ベッティング(スポーツ賭博)の特区を設けるという提案があり、「ベッティングはスポーツを産業として発展させる切り札」「330兆円市場」であることが強調された[41][42][43]。
2023年4月22日、横浜市の神奈川大学みなとみらいキャンパスで映画版『ハマのドン』のプレミアム試写会が開催。藤木は舞台挨拶で登壇し、現在の政治状況について「権力は腐る。権力の咲かす花は毒の花でカジノを巡っても同じことが起きていた。今の自民党はやりたい放題。反省しなきゃダメですよ」と語った[2][44]。
同年5月5日、全国公開される[40]。5月17日、松原は集英社から『ハマのドン―横浜カジノ阻止をめぐる闘いの記録』を上梓した[45]。
スタッフ
編集脚注
編集注釈
編集- ^ 松原文枝のプロフィールは以下のとおり。1966年、青森県生まれ。1990年、東京大学卒業。金融機関を経て、1991年にテレビ朝日に入社。1992年、政治部記者となる。2014年11月26日、自民党は、松原がチーフ・プロデューサーを務めていた『報道ステーション』(11月24日放映)のアベノミクスに関する報道がおかしいとして、「公平中立な番組作成」を要請する文書をテレビ朝日に送付した[9][10]。同年12月14日に行われた衆院選で自民党は大勝。同月、松原は、チーフ・プロデューサーから経済部長への異動を上司から告げられる。2015年3月27日、ゲスト・コメンテーターの古賀茂明は番組放送中に「(松原は)更迭された」と明かした[11]。同年4月、経済部長に就任。2016年、報道ステーションの特集「独ワイマール憲法の“教訓”」でギャラクシー賞テレビ部門大賞を受賞した[12][13]。
出典
編集- ^ a b “横浜がIR誘致、山下ふ頭がカジノ候補地 反発は必至”. 朝日新聞デジタル. (2019年8月22日) 2019年9月12日閲覧。
- ^ a b 野呂法夫 (2023年4月28日). “あの元首相を育てた「ハマのドン」がカジノを阻止したワケ ドキュメンタリー映画公開 「自民はやりたい放題」”. 東京新聞. 2023年5月8日閲覧。
- ^ a b “過去の放送 「2021年度最優秀作品アンコール ハマのドン”仁義なき闘い”」”. テレビ朝日. 2023年5月8日閲覧。
- ^ a b “『ハマのドン』放送人グランプリ2022(第21回)グランプリ優秀賞を受賞!”. 民間放送教育協会. 2023年5月8日閲覧。
- ^ 鷲尾香一 (2018年8月30日). “「IR法案」を強行採決した安倍政権「真の狙い」”. Foresight. 2023年5月11日閲覧。
- ^ “カジノ実施法案、参院委員会で可決へ あすにも成立”. 朝日新聞 (2018年7月19日). 2023年5月11日閲覧。
- ^ a b 中沢佳子「『ミナトの首領』カジノに異論 横浜港運協会 藤木幸夫会長(87)」 『東京新聞』2018年8月5日。
- ^ a b c 足立優心、武井宏之 (2021年7月17日). “「ハマのドン」、山中竹春氏への支援表明 横浜市長選”. 朝日新聞 2021年7月28日閲覧。
- ^ “自民、テレ朝に中立要請 衆院選前、アベノミクス報道で”. 朝日新聞 (2015年4月10日). 2015年4月12日時点のオリジナルよりアーカイブ。2023年3月9日閲覧。
- ^ “第189回国会 衆議院 総務委員会 第12号 平成27年4月21日”. 国会会議録検索システム. 2023年3月10日閲覧。
- ^ 臺宏士 (2019年7月5日). “テレ朝人事の波紋(上)経済部長の「報道外し」”. 論座. 2023年5月10日閲覧。
- ^ 小塚かおる (2023年5月1日). “松原文枝監督が見た“ハマのドン”藤木幸夫氏 カジノ阻止「決めるのは市民」と最後までブレず”. 日刊ゲンダイ. 2023年5月8日閲覧。
- ^ 篠田博之 (2023年5月5日). “テレビ朝日初のドキュメンタリー映画『ハマのドン』の行方は大きな意味を持っている”. YAHOO! JAPAN. 2023年5月8日閲覧。
- ^ a b 『しんぶん赤旗』2022年1月31日、「横浜カジノ誘致 反旗翻した保守重鎮の行動を記録 “モノ言う大切さ”伝えたい」。
- ^ “【賀詞交歓会】横浜港運協会・藤木幸夫会長 「横浜ナショナリズムで成長」”. Daily Cargo電子版 (2019年1月8日). 2023年5月10日閲覧。
- ^ “カジノ誘致に反対 “横浜のドン”対抗組織結成へ”. テレビ朝日 (2019年4月24日). 2023年5月10日閲覧。
- ^ “「カジノ導入に反対」 横浜港運協会が新協会設立へ”. 神奈川新聞 (2019年4月25日). 2019年4月26日時点のオリジナルよりアーカイブ。2023年5月10日閲覧。
- ^ “横浜港ハーバーリゾート協/設立集会を開催。開発プラン具体化へ活動本格化”. 日本海事新聞. (2019年7月2日) 2019年8月23日閲覧。
- ^ ANNニュース (2019年7月28日). “カジノ本命・横浜に熱視線も“ハマのドン”が猛反対(19/07/28)”. YouTube. 2023年5月10日閲覧。
- ^ THE PAGE (2019年8月22日). “【高画質ノーカット】「白紙」から一転 横浜市長がIR誘致を正式表明(2019年8月22日)”. YouTube. 2021年8月4日閲覧。
- ^ 中嶋文明 (2019年8月23日). “「ハマのドン」藤木氏、カジノ誘致に徹底抗戦を表明”. 日刊スポーツ. 2023年2月7日閲覧。
- ^ THE PAGE (2019年8月23日). “山下ふ頭へのカジノ誘致に反対 横浜港運協会が会見(2019年8月23日)”. YouTube. 2021年8月4日閲覧。
- ^ “(黒板)放送ウーマン賞2019”. 朝日新聞 (2020年2月28日). 2023年5月8日閲覧。
- ^ “政治資金収支報告書 横浜をコロナとカジノから守る会(令和3年分 定期公表)” (PDF). 神奈川県選挙管理委員会 (2022年11月25日). 2022年11月29日閲覧。
- ^ THE PAGE (2021年8月3日). “横浜市カジノ誘致に反対 「ハマのドン」藤木氏が会見(2021年8月3日)”. YouTube. 2021年8月4日閲覧。
- ^ 丸山耀平 (2021年8月22日). “<横浜市長選>まさか再選挙も? 史上最多10人出馬 現職、元知事、元大臣、元教授…大乱立のなぜ”. 東京新聞. 2021年8月22日閲覧。
- ^ “横浜商議所会頭「IR実現の市長を」 横浜市長選で”. 日本経済新聞. (2021年6月24日) 2021年8月24日閲覧。
- ^ “山下ふ頭の再開発で横浜市に提案書 地元団体”. 日本経済新聞. (2021年7月27日) 2021年8月3日閲覧。
- ^ “首相、小此木氏を全力応援 横浜市長選で支持固め”. 産経新聞. (2021年7月29日) 2021年7月29日閲覧。
- ^ “【横浜市長選】現職林文子氏「政治に信義あるのか」はしご外される理不尽”. 日刊スポーツ. (2021年8月8日) 2021年8月8日閲覧。
- ^ 志村彰太、丸山耀平、村上一樹 (2021年8月19日). “横浜市長選、結果次第で政権左右 首相推進のIR、コロナで先行き不透明 市の誘致方針に影響も”. 東京新聞 2021年8月19日閲覧。
- ^ “小此木氏わずかに先行、山中氏ら猛追 横浜市長選情勢調査”. 朝日新聞. (2021年8月10日) 2021年8月22日閲覧。
- ^ a b 山口哲人 (2021年8月23日). “横浜市長選で小此木氏敗北 「政権批判は災害級」菅首相へ衆院選前に打撃”. 東京新聞. 2023年5月22日閲覧。
- ^ “【速報】神奈川県 過去最多2907人感染 8日連続で2000人超え 新型コロナ”. FNNプライムオンライン. (2021年8月20日) 2021年8月20日閲覧。
- ^ “横浜市長選 立民推薦の山中竹春氏 当選確実 小此木氏ら及ばず”. NHK. (2021年8月22日) 2021年8月22日閲覧。
- ^ “横浜市長選、「コロナ対策」が重視政策4番目から急上昇…菅政権への不満の表れか”. 読売新聞. (2021年8月23日) 2021年8月23日閲覧。
- ^ “横浜・山中市長が「IR撤回宣言」 10月に推進室廃止”. 神奈川新聞 (2021年9月10日). 2023年5月8日閲覧。
- ^ “藤木会長出演 テレビ朝日ドキュメンタリー 番組「テレメンタリー」放送”. 藤木企業株式会社. 2023年5月8日閲覧。
- ^ a b 堀木三紀 (2023年5月5日). “テレ朝松原ディレクターが『ハマのドン』を撮った理由(わけ)”. M&A Online. 2023年5月8日閲覧。
- ^ a b “ハマのドン”. 映画.com. 2023年5月8日閲覧。
- ^ a b c “市民意見及び事業者提案の結果について”. 横浜市 (2022年11月22日). 2023年5月8日閲覧。
- ^ a b c “市民意見及び事業者提案の結果 第3章 事業者提案募集結果”. 横浜市 (2022年11月22日). 2023年5月8日閲覧。
- ^ a b c “審議速報(令和5年第1回定例会) 2023年2月7日 井上さくら議員”. 横浜市会. 2023年5月10日閲覧。
- ^ “藤木幸夫氏「カジノは毒の花」 映画「ハマのドン」試写会”. 神奈川新聞 (2023年4月22日). 2023年5月8日閲覧。
- ^ “ハマのドン 横浜カジノ阻止をめぐる闘いの記録”. 集英社. 2023年5月18日閲覧。
参考文献
編集- 松原文枝『ハマのドン―横浜カジノ阻止をめぐる闘いの記録』集英社〈集英社新書〉、2023年5月17日。ISBN 978-4-08-721265-5。
関連項目
編集外部リンク
編集- 映画『ハマのドン』公式サイト
- ドキュメンタリー映画『ハマのドン』好評公開中! (@hamanodon) - X(旧Twitter)
- ハマのドン - allcinema
- ハマのドン - KINENOTE