ハブロット・ナイト・ブラウン

「フィッツ(Phiz)」のペンネームで活動したハブロット・ナイト・ブラウン(Hablot Knight Browne、1815年7月10日[1] - 1882年7月8日)は、イギリスのイラストレーターである。チャールズ・ディケンズやチャールズ・リーヴァー(Charles Lever)、ウィリアム・ハリソン・アインスワース(William Harrison Ainsworth)といった小説家の書籍の挿絵を描いたことで知られている。

ハブロット・ナイト・ブラウン
Hablot Knight Browne
1870年代のブラウン
生誕 (1815-07-10) 1815年7月10日
ランベス
死没 1882年7月8日(1882-07-08)(66歳没)
ブライトン
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略歴

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ロンドンランベスでユグノーを出自とする家に生まれた。15人兄弟の14番目の子供で、ハブロット・ナイト・ブラウンが7歳の時、父親は家族を捨てて、横領した資金をもってアメリカに逃亡し、母親は夫の死亡宣告を申請した[2]。家族は母親の姉夫婦の支援を受けた。

ウィリアム・フィンデン(William Finden)という版画家のもとで働きはじめ、1833年に18世紀の詩人ウィリアム・クーパーの作品『ジョン・ギルピン』を題材にした版画で美術協会の賞を受賞したが、製版の技術は得意でなく、1834年には画家の仕事をめざすために版画の修行を止めた。

1836年の春、『ピクウィック・クラブ(The Pickwick Papers)』で小説家として有名になる前のチャールズ・ディケンズに会い、ディケンズの「Sunday under Three Heads」のパンフレットの挿絵の仕事を得た。ディケンズはロバート・シーモア(Robert Seymour: 1798-1836)やロバート・ウィリアム・バス(Robert William Buss: 1804–1875) の挿絵とともに1836年の初めから1837年末まで雑誌に連載された『ピクウィック・クラブ』で小説家としての地位を固めた。

ブラウンが作家のサッカレーとディケンズの元を訪れると、ディケンズはブラウンの挿絵を気に入り、連載中の『ピクウィック・クラブ』の挿絵画家に選ばれ、最初の2回の挿絵を「Nimo」のペンネームで発表した後、「Phiz」のペンネームを使うようになり、「Phiz」は生涯のペンネームになった。ペンネームを変えた理由を『ピクウィック・クラブ』をディケンズは「Boz」のペンネームで発表していたのでそのペンネームとより調和させるためだったと語ったと伝えられている。

ディケンズと良い友人になり、1838年にはヨークシャーをともに旅した。

デイヴィッド・コパフィールド』や『ドンビー父子』、『マーティン・チャズルウィット』、『荒涼館』など10作のディケンズの作品の挿絵を描いた。ディケンズの小説の他、アイルランド生まれの作家、チャールズ・リーヴァーなどの多くの作家の作品の挿絵を描いた。1867年にイラストレータとして高い人気にあった時、麻痺の残る病気になり、その後、徐々に回復したが、完全には復活できなかった。

1882年にロイヤル・アカデミー・オブ・アーツの特別表彰を受けた。1882年にブライトンで没した。

作品

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脚注

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  1. ^ 生年月日については、諸説あって、ブラウンの伝記を記した子孫は1815年7月12日としている。他にも1815年6月11日や 1815年6月15日とする資料もある。
  2. ^ Valerie Browne Lester (28 November 2006). “Phiz, Dickens and London”. Gresham College. 2012年7月18日閲覧。

参考文献

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  • D Croal Thomson, Hablot Knight Browne, Phiz: Life and Letters (Londra, 1884)
  • John Forster, Life of Charles Dickens (Londra, 1871-1874)
  • FG Kitton, Phiz: A Memoir (Londra, 1882)
  • Charles Dickens and his Illustrators (Londra, 1899)
  • MH Spielmano, The History of Punch (Londra, 1895).
  • Valerie Browne Lester, "Phiz: The Man Who Drew Dickens" (Londra, 2004) ISBN 0-7011-7742-X e ISBN 1-84413-534-9 (2006)