ノート:神の存在証明

最新のコメント:2 日前 | トピック:証明と論証の区別 | 投稿者:Servant2022

この記事は以前に削除されたことがあります(ログ)。削除に関する議論については削除依頼_2004年3月をご覧下さい

ひとつぬけてます

編集

ひとつぬけてます。>りすと--以上の署名のないコメントは、Aphaia会話投稿記録)さんが 2004年3月4日 (木) 15:08‎(UTC) に投稿したものです(Type20会話)による付記)。

証明と一緒に論駁が記載できるといいだろうな、と思うのですが、(現にカントの考えについて少し触れていますが)よく持ち出される神の不在証明ももしかすると多少触れられていたらより興味深いのではないかと思いました。Tomos 16:27 2004年3月5日 (UTC)

パスカルの賭けも存在証明

編集

パスカルの賭けも存在証明に入りますかね? 

  • 神が存在する方に賭ける →神を信じて勝てば、天国行きで死後に永遠の喜びを得ることができる。賭けに負けて神は存在しなかったとしても、結局は無に帰するのだからプラマイゼロ。失うものは何も無い。現世の幸福のみならず、死後の幸福も得ることができる。
  • 神が存在しない方に賭ける →神を信じないまま死んで、もしも神が実在したなら、死後は地獄行き。一方、神が存在しなかったとしたら無で喜びは現世の幸福のみとなり、来世の幸福をみすみす失うことになる。

というわけで神を信じた方が得だ、というものです。個人的には、「死後の世界には悪魔が支配してて、神を信じず悪徳を積んだ者がいい目を見る」という選択肢が欠落していると思うけど。--Charon 2005年2月6日 (日) 06:39 (UTC)返信

記事の改善について

編集

  報告表現などに独自研究やNPOV関連の問題があり、一部改善を試みました。存在証明そのものは社会的なコンセンサスが得られているわけではないので、主張などの表現は個人に帰する形に出来るだけ直しましたが、改善点はまだ多いです。--Gazafanids会話2019年8月14日 (水) 04:20 (UTC)返信

ずいぶん待ちましたが何の改善も見られないようなので、不適切と思われる記述をある程度除去しました。その結果脚注がすべて無くなりました。「神の存在証明」そのものは「哲学における出来事や流行」についての記事の主題として十分に内容が書けるため、できるだけ中立的に記事を書くように注意していただきたいと思います。--Gazafanids会話2019年12月12日 (木) 10:31 (UTC)返信

証明と論証の区別

編集

証明(: proof)と、議論または論証(: argument)を区別すべきかと思います。

  • 証明は妥当な議論に含まれますが、全ての議論が妥当であるとは限りません。
  • 議論の中には、妥当なもの(例えば証明)もあれば、妥当でないもの(誤謬推論)もあります。

従って、本記事中の"証明"は、本来ならば、"論証"(: argument)とするのが正しいかと。ページ名についても、神の存在論証: argument for the existence of God)とするのが正しいかと。他言語版(例えば英語版)でもこの区別は明確です。--Servant2022会話2025年2月24日 (月) 04:56 (UTC)返信

中立的な表現として、基本的には以下いずれかの表現にすることが望ましいかと思います。
  • 人物Aは、神の存在を議論/論証した。
  • 人物Aは、神の存在を証明したと主張した/証明を試みた。
--Servant2022会話2025年2月24日 (月) 06:10 (UTC)返信
ページ「神の存在証明」に戻る。