ノート:波羅提木叉
最新のコメント:5 年前 | トピック:プラティ/プラーティの意味について | 投稿者:Doomreaper
五戒を波羅提木叉とする記述について
編集本文中にプラーティモークシャの語義について「五戒(不殺生戒、不偸盗戒、不邪淫戒、不妄語戒、不飲酒戒)のうち一つの戒でも守ることが悟りを実践することになるという意味である」とする説明がありますが、五戒をプラーティモークシャとする解釈は、在家戒を別解脱律儀に含める大乗仏教特有の解釈であり、プラーティモークシャの原義ではありません(参照:福井靜志『菩薩の戒律儀の問題點 -瑜伽論戒品を中心として-』、印度學佛教學研究 15(1)、1966年、pp. 186-187.)。
菩薩の律儀戒とは、七衆の受ける別解脱律儀である。 — 『瑜伽師地論』
このような後代の解釈に基づく記述はプラーティモークシャの原義とは無関係であり、導入部の説明としては不適当と思われます。--Ryo 625(会話) 2019年2月1日 (金) 15:59 (UTC)
プラティ/プラーティの意味について
編集- コメント プラーティモークシャの語義についての議論には立ち入りませんが、{{信頼性要検証}}タグに付された説明文にコメント。「「every」は「各々の」という意味ではない」とありますが、それは半分正しく半分まちがっていると思います。every は each (各々の)と all (すべての)の意味を兼ねた語であるからです。『ジーニアス英和大辞典』の "each" の項に、each と every についての語法説明があります。--Doomreaper(会話) 2019年2月4日 (月) 16:39 (UTC)
- 返信 コメントありがとうございます。最初に確認しておきたいのは、eachとallを兼ねるということは、片方のニュアンスを消し去ってどちらか一方だけの意味と同じになるということではないということです。「各々の」という邦訳にはeachという意味しかありません。(「各々すべての」なら他の梵英辞典とも整合的です。)一方で、eachとall、両方のニュアンスを備えているのが、『研究社 新英和中辞典』の「どの…もみな,ことごとくの,すべての」という訳語に他なりません。--Ryo 625(会話) 2019年2月5日 (火) 07:53 (UTC)
- おっしゃることはわかりますが、両方の意味が必ず備わっているとしても、それでも prati が「各々の」のように翻訳されるケースがまったくないと言い切れるのでしょうか。わたしは自信がありません。なお、『オックスフォード仏教辞典』(朝倉書店、2016年)の「波羅提木叉」の項(272頁)を見ますと、語源不明としながら原義の候補として「縛るようにしておくべきもの」と「(苦から)解脱させるもの」を挙げていますね。--Doomreaper(会話) 2019年2月7日 (木) 14:14 (UTC)
- 返信 コメントありがとうございます。最初に確認しておきたいのは、eachとallを兼ねるということは、片方のニュアンスを消し去ってどちらか一方だけの意味と同じになるということではないということです。「各々の」という邦訳にはeachという意味しかありません。(「各々すべての」なら他の梵英辞典とも整合的です。)一方で、eachとall、両方のニュアンスを備えているのが、『研究社 新英和中辞典』の「どの…もみな,ことごとくの,すべての」という訳語に他なりません。--Ryo 625(会話) 2019年2月5日 (火) 07:53 (UTC)