トレモント (競走馬)
競走馬
トレモント(Tremont、1884年 - 1898年?)は、19世紀のアメリカ合衆国で競走生活を送ったサラブレッドの競走馬、および種牡馬。怪我により大競走を経験する前に引退したが、2歳時に無類の強さで13連勝を飾る伝説的な成績を残した。
トレモント | |
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欧字表記 | Tremont |
品種 | サラブレッド |
性別 | 牡 |
毛色 | 青毛 |
生誕 | 1884年 |
死没 | 1898年? |
父 | Virgil |
母 | Ann Fief |
母の父 | Alarm |
生国 | アメリカ合衆国 |
生産者 | Daniel Swigert |
馬主 | Dwyer Brothers Stable |
調教師 | Frank McCabe |
競走成績 | |
生涯成績 | 13戦13勝 |
獲得賞金 | 39,135ドル |
経歴
編集フランク・マッケイブ調教師のもとで2歳のときにデビューを飾り、それ以降の13戦にすべて勝利するという驚異的な記録を残した。この2歳時に13戦全勝という記録は現在でも破られていない大記録で、また稼いだ賞金39,135ドルも当時の2歳賞金レコードであり、これもしばらく破られることがなかった。いずれの競走での勝ち方も強く、全競走で平均して約6馬身の差をつけていた。
同馬の所有者であるドワイヤー兄弟は、当時所有馬を使いづめることでも有名な馬主であり、トレモントもわずか10週間の間で13戦を消化した。しかしさすがに過度の連戦が祟り、3歳シーズンを迎える前についに故障、そのまま競走馬としての再起は叶わず引退した。
引退後は種牡馬となっているが、これといった成績を残すことはなかった。1898年が産駒の最後の世代であり、この頃に没したものと考えられている。
引退した1887年、ドワイヤー兄弟は当時所有していたグレーブセンド競馬場に、同馬の名を冠した「トレモントステークス」を創設した。現在ではベルモントパーク競馬場に移され、2歳限定のG3競走として施行されている。
評価
編集主な勝鞍
編集※当時はグレード制未導入
- 1886年(2歳) 13戦13勝
- ジュヴェナイルステークス、ジュニアチャンピオンステークス、フォームステークス、スプリングステークス、サーフステークス、ゼファーステークス、シークエンスステークス、パドックステークス、ジューンステークス、グレートポストステークス、グッバイステークス、アトランティックステークス、タイロステークス
年度代表馬
編集- 1886年 - アメリカ最優秀2歳牡馬(後年の選定による)
血統表
編集トレモントの血統(グレンコー系(ヘロド系) / Tramp 父内5x5=6.25%) | (血統表の出典) | |||
父 Virgil 1864 青鹿毛 アメリカ |
父の父 Vandal1850 鹿毛 アメリカ |
Glencoe | Sultan | |
Trampoline | ||||
Tranby Mare | Tranby | |||
Lucilla | ||||
父の母 Hymenia1851 鹿毛 アメリカ |
Yorkshire | St. Nicholas | ||
Miss Rose | ||||
Little Peggy | Cripple | |||
Peggy Stewart | ||||
母 Ann Fief 1876 青鹿毛 アメリカ |
Alarm 1869 鹿毛 アメリカ |
Eclipse II | Orlando | |
Gaze | ||||
Maud | Stockwell | |||
Countess of Albemarle | ||||
母の母 Kate Walker1868 青鹿毛 アメリカ |
Embrys Lexington | Lexington | ||
Bellamira | ||||
Carrie D | Don Juan | |||
Romance F-No.A33 |
外部リンク
編集- The Tremont - ニューヨーク競馬協会によるトレモントステークス、およびトレモントの経歴解説
- 競走馬成績と情報 JBISサーチ