トマス・ピット (初代ロンドンデリー伯爵)
初代ロンドンデリー伯爵トマス・ピット(英語: Thomas Pitt, 1st Earl of Londonderry、1688年頃 - 1729年9月12日)は、リーワード諸島総督(在任:1728年 - 1729年)。
生涯
編集マドラス総督トマス・ピットの次男として、1688年頃に生まれた[1]。1713年8月から1727年7月までウィルトン選挙区の庶民院議員を務め、1715年ジャコバイト蜂起ではランカシャーで政府側で従軍した[1]。1719年6月3日にアイルランド王国のロンドンデリー男爵に叙され、翌年7月8日にアイルランド貴族院議員になった[1]。1726年10月8日にはガレン=リッジウェイ子爵とロンドンデリー伯爵に叙されたが、アイルランド貴族院では男爵議員のままだった[1]。1727年イギリス総選挙ではオールド・サラム選挙区で当選したが、1728年5月にリーワード諸島総督に就任したため庶民院議員を辞した[1]。1729年9月12日にセントキッツ島で死去、ブランドフォードの家族墓地に埋葬された[1]。
アイルランド貴族院とイギリス庶民院の両方で発言の記録がなかったという[1]。
家族
編集1717年3月10日、第4代ロンドンデリー伯爵ロバート・リッジウェイの娘で相続人であるフランシス・リッジウェイと結婚、2男1女をもうけた[1]。
脚注
編集- ^ a b c d e f g h Barker, George Fisher Russell (1896). Lee, Sidney (ed.). Dictionary of National Biography (英語). Vol. 45. London: Smith, Elder & Co. pp. 349–350. . In
グレートブリテン議会 | ||
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先代 チャールズ・モンペソン ピーター・バサースト |
庶民院議員(ウィルトン選挙区選出) 1713年 - 1727年 同職:ジョン・ロンドン 1713年 - 1722年 ロバート・ソーヤー・ハーバート 1722年 - 1727年 |
次代 ロバート・ソーヤー・ハーバート トマス・マーティン |
先代 ジョン・ピット ジョージ・ピット |
庶民院議員(オールド・サラム選挙区選出) 1727年 - 1728年 同職:トマス・ピット 1727年 - 1728年 マシュー・セント・クィンティン 1728年 |
次代 マシュー・セント・クィンティン トマス・ハリソン |
軍職 | ||
先代 ジョン・ブランド |
プリンセス・オブ・ウェールズの乗馬連隊長 1715年 - 1726年 |
次代 アーガイル公爵 |
先代 サー・チャールズ・ウィルズ |
ジョージ・オブ・デンマークの連隊長 1726年 - 1729年 |
次代 ウィリアム・タットン |
公職 | ||
先代 ジョン・ハート |
リーワード諸島総督 1728年 - 1729年 |
次代 ウィリアム・コスビー(暫定) |
アイルランドの爵位 | ||
爵位創設 | ロンドンデリー伯爵 1726年 - 1729年 |
次代 トマス・ピット |
ロンドンデリー男爵 1719年 - 1729年 |