ディラーワル・ハーン
ディラーワル・ハーン・ゴーリー[1](Dilawar Khan Ghori, 生年不詳 - 1405年)は、インド、マールワー・スルターン朝の君主(在位:1401年 - 1405年)[2]。即位に際し、アミド・シャー・ダーウード(Amid Shāh Dā'ūd)を名乗った[3]。
ディラーワル・ハーン | |
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マールワー・スルターン朝君主 | |
ディラーワル・ハーンのモスク(マーンドゥー) | |
在位 | 1401年 - 1405年 |
死去 |
1405年 |
子女 | フーシャング・シャー |
王朝 | マールワー・スルターン朝(ゴール朝) |
生涯
編集ディラーワル・ハーンはトゥグルク朝の君主フィールーズ・シャー・トゥグルクによって、マールワーの総督に任命された[4]。
1401年、ディラーワル・ハーンはトゥグルク朝に忠誠を撤回し、マールワー・スルターン朝を創始した[5]。 彼の創始した王朝はゴール朝と呼ばれ、1436年まで続いた[5]。
1405年、ディラーワル・ハーンは死亡し、息子のフーシャング・シャーが王位を継承した。
脚注
編集参考文献
編集- フランシス・ロビンソン 著、月森左知 訳『ムガル皇帝歴代誌 インド、イラン、中央アジアのイスラーム諸王国の興亡(1206年 - 1925年)』創元社、2009年。
- Day, Upendra Nath (1965). Medieval Malwa: a Political and Cultural History, 1401-1562. Delhi: Munshi Ram Manohar Lal. pp. 8–24 2012年1月2日閲覧。
関連項目
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