タナゴ(鰱、鱮、Acheilognathus melanogaster)は、コイ目コイ科タナゴ亜科タナゴ属に分類される淡水魚の一種。

タナゴ
霞ヶ浦で採集された個体
婚姻色を呈するタナゴのオス(福島県)
分類
: 動物界 Animalia
: 脊索動物門 Chordata
亜門 : 脊椎動物亜門 Vertebrata
: 条鰭綱 Actinopterygii
上目 : 骨鰾上目 Ostariophysi
: コイ目 Cypriniformes
: コイ科 Cyprinidae
亜科 : タナゴ亜科
Acheilognathinae
: タナゴ属 Acheilognathus
: タナゴ A. melanogaster
学名
Acheilognathus melanogaster
Bleeker, 1860
和名
タナゴ

名称

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「タナゴ」の呼称は本種の標準和名であるとともにタナゴ亜科魚類の総称としても用いられるので、厳密に本種だけを指すかタナゴ亜科全般を指すか、用法に注意する必要がある。各種フィールド調査においても、タナゴ亜科のどの種なのかを明確に個体識別せずに「タナゴ」とし、後刻混乱するケースが間々見受けられる。専門の研究者は「モリオカエ」(moriokae:本種のシノニム)と呼称して混同を防いでいる。

関東地方の釣り人の間では、ヤリタナゴアカヒレタビラとの混称でマタナゴという別名が用いられることもある。また、海水魚 Ditrema temmincki の和名は「ウミタナゴ」で、本種と姿形が似ることからその名が付けられたが、分類上はスズキ目ベラ亜目ウミタナゴ科に属するまったく別の魚である。

分布

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日本固有種で、本州関東地方と東北地方の太平洋側に分布する。秋田県や新潟県からも記録があるが疑わしい。分布南限は神奈川県鶴見川水系、北限は青森県鷹架沼とされ、生息地はこの間に散在する。各地で個体数が激減しており、絶滅が危惧される状況となっている(後述)。

 
初夏の繁殖期、産卵管が伸長したタナゴのメス。福島県。

形態

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体長6-12cm。背鰭不分岐軟条は3本と分岐軟条は8-9本、臀鰭不分岐軟条は3本と臀鰭の分岐何条は8本で、タナゴ類としては鰭の条数が少ない。側線鱗数は37-39枚で、側線上方横列鱗数は6枚、側線下方横列鱗数は4-5枚。タナゴ類としては前後に細長く、日本産タナゴ類16種・亜種の中でも体高は低めの部類に入る。体色は普段は銀色で、肩部には不鮮明な青緑色の斑紋が入る場合もあり、体側面に長い青緑色と桃色の縦帯、背鰭の鰭条に2本の白い点線が入る。口角に1対の口髭がある。

西日本原産のイチモンジタナゴとは姉妹種であり、形態的にも似た特徴が多い。

繁殖期になるとオスは胸は薄いピンク色、背中側は濃紺色〜青紫色、背鰭と腹鰭、腹面は黒くなり、尻鰭の縁は白く染まる。種小名 melanogaster は「黒い腹」の意で、オスの婚姻色に由来する。メスには明らかな婚姻色は発現せず、基部が褐色で先端は灰色の産卵管が現れる。

生態

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小規模な池湖沼のような止水域から、ヤマメカワシンジュガイが同所的に生息する山間部の渓流まで幅広い環境に適応する。本種の棲む池や河川では、アカヒレタビラゼニタナゴと共存している場合がある。食性は植物性の強い雑食性で、小型の水生昆虫甲殻類藻類等を食べる。

繁殖形態は卵生で、繁殖は他のタナゴ類よりも早く始まり3-6月までである。産卵床となる二枚貝には大型の貝種を選択する傾向がみられ、カラスガイドブガイカワシンジュガイに卵を産みつける。卵は水温15℃前後では50時間ほどで孵化し、仔魚は母貝内で卵黄を吸収して成長する。母貝から稚魚が浮出するまでには1ヶ月ほどかかる。しかしそのような貝もまた減少傾向にあることから個体数の減少に拍車をかけている。

保全状態評価

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絶滅危惧IB類 (EN)環境省レッドリスト

VULNERABLE (IUCN Red List Ver. 3.1 (2001))

かつては関東や東北においてごく普通の存在であったが、戦後の水質汚染河川改修圃場整備といった開発に伴い、産卵床となる二枚貝類とともに多くの生息地が破壊された。また、ブラックバスブルーギルによる食害やタイリクバラタナゴとの競合といった外来魚の圧迫を受けており、各地で生息数が激減している。なお、観賞魚として商業流通する個体は人工的に増殖した個体が大半である。しかし、未だに一部の業者や愛好家による乱獲も脅威もある。現在、国産タナゴ類ほぼ全般は大きく数を減らし、希少になりつつあるが最も大きな影響は、乱獲の影響より開発等による環境破壊、外来種の食害や競合、水田や繋がる水路等の湧水の枯渇や干コンクリートによる三面護岸等であり、特にタナゴ類の繁殖に欠かせないドブガイなどの二枚貝の減少も影響している。タナゴ類も二枚貝も共に同じ環境で生きる生物の為、少なくとも生息している水域を含めた保護、環境保全整備等が重要である。

関東地方の生息地は近年特に減少している。分布南限の神奈川県ではすでに絶滅し、東京都埼玉県でも同様とみられ、千葉県においても近年は確実な記録はない。現在のまとまった生息地は茨城県栃木県内の一部水域のみである。かつて多産した霞ヶ浦周辺では水質悪化による二枚貝の減少や外来魚の食害などで減少が続いており、現在ではほとんど見られなくなっている。2000年以降はオオタナゴ増殖に伴う本種への圧迫も指摘される。他の関東地方の水系においても、コクチバスの侵入によって脅かしている可能性がある。

ブラックバスの食害が問題となっている伊豆沼宮城県栗原市北上川水系)では、かつてゼニタナゴとともに本種が多数生息しタナゴ類優占種であったが、2000年代になってからはほとんど確認できない状況が続いている。岩手県の一部水域では移入されたイチモンジタナゴとの競合により減少し、青森県東部の湖沼群でもブラックバスの侵入が顕著であり、予断を許さない状況である。

2007年版の環境省レッドデータブックはこれらの状況を反映し、従来の準絶滅危惧から2段階ランクを上げ、近い将来に野生絶滅の危険性が高い絶滅危惧IB類となった。各都道府県版レッドリストへの記載状況は下表の通り。

カテゴリ 都道府県
絶滅 神奈川県埼玉県東京都群馬県
絶滅危惧I類 千葉県栃木県宮城県福島県青森県
絶滅危惧II類 茨城県
その他 岩手県(Dランク - 準絶滅危惧の下位)

利用

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茨城県千葉県では、タナゴを使った佃煮や雀焼き、唐揚げなどが古くから続く伝統料理として親しまれている。肝吸虫などの寄生虫を保持する可能性があり、生食には危険をともなう。

釣りの対象魚となるほか、観賞魚として飼育されることもある。比較的温和な性質で他種との混泳も可能だが過密飼育には弱い。飼育下での繁殖法としては、二枚貝を同居させ自然に産卵させる方法と、繁殖期の雌雄から卵と精子を搾り出し人工受精させる方法があるが、どちらも管理が難しい。江戸時代から釣りの対象として親しまれ、女性の髪に金の針をつけて釣るなどの釣法もあった。エサはタマムシ(イラガの幼虫)や赤虫、イトミミズ等を用いる。

タナゴ類全般に言えるが(ミヤコタナゴ、イタセンパラは除く)現在観賞用として販売されている個体は天然採集ではなく、人工繁殖された個体がほとんどである。天然採集個体はむしろ、非常に少なく探すのも困難である。

参考文献

  • 『原色ワイド図鑑5 魚・貝』 学習研究社、1984年、11頁。
  • 『小学館の図鑑NEO 魚』 小学館、2003年、12頁。
  • 赤井裕ほか『タナゴのすべて』 マリン企画、2004年、29頁。
  • 川那部浩哉・水野信彦・細谷和海編『山渓カラー名鑑 改訂版 日本の淡水魚』 山と溪谷社、2001年。 ISBN 4-635-09021-3

外部リンク

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