スコット・フジタ
スコット・フジタ(Scott Anthony Fujita,1979年4月28日-)は、アメリカ合衆国カリフォルニア州ベンチュラ出身のアメリカンフットボール選手。ポジションはラインバッカー。
Scott Fujita | |||||||||
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
セインツ時代 | |||||||||
基本情報 | |||||||||
ポジション | LB | ||||||||
生年月日 | 1979年4月28日(45歳) | ||||||||
出身地 |
アメリカ合衆国 カリフォルニア州ヴェンチュラ | ||||||||
身長: | 6' 5" =約195.6cm | ||||||||
体重: | 250 lb =約113.4kg | ||||||||
経歴 | |||||||||
大学 | カリフォルニア大学 | ||||||||
NFLドラフト | 2002年 / 5巡目全体143位 | ||||||||
初出場年 | 2002年 | ||||||||
初出場チーム | ニューオーリンズ・セインツ | ||||||||
所属歴 | |||||||||
| |||||||||
受賞歴・記録 | |||||||||
| |||||||||
NFL 通算成績 | |||||||||
| |||||||||
Player stats at PFR |
経歴
編集プロ入りまで
編集白人だが、生後6週間で間もなく日系三世のロドニー・フジタ(真珠湾攻撃後にアリゾナ州の強制収容所で生まれた。)、妻のヘレン(白人)に養子として引き取られた[1][2]ため、姓は日本風のものになっている。家では日本語、日本食で育てられ[3]、日本の正月やこどもの日にこいのぼりを掲げるといった習慣で育った[2][4]。彼は食事を箸で食べる。彼の祖父母は盆栽を育てており、彼自身は自分を日本文化の中で育ったと認識している。スコットは自分の家族が日系人であることから学校でひどくからかわれた事について、非常にいらだっていた[2]。
カリフォルニア州オックスナードのリオ・メサ高校を卒業後、カリフォルニア大学バークレー校に進学した。大学時代キャリアに関わるほどの頚部の手術から復帰した[2]。政治学を専攻した彼はパシフィック・テン・カンファレンスのオールアカデミックチームに選ばれるほど学業で優秀な成績を修め教育学の修士も取得した[2]。またラインバッカーとして4年間で39試合に出場、124タックル、7サックをあげた[5]。
NFL
編集2002年のNFLドラフト5巡目でカンザスシティ・チーフスに指名されて入団した[5]。チーフスでは2003年、2004年とチームトップのタックルを記録していたが2005年開幕前にドラフト6巡目指名権及び2007年のドラフト指名権と引き換えにダラス・カウボーイズにトレードされた[5][6]。2006年3月13日、ニューオーリンズ・セインツと契約した。チームは前年ハリケーン・カトリーナによる被害で地元ニューオーリンズを離れていた[7]。この年のアトランタ・ファルコンズとのマンデーナイトフットボールの際、チームメートのマイク・マッケンジーはフジタを"Asian Assassin"(アジアからの暗殺者)と紹介した[2]。QBサックしたときに太極図のポーズを取ることで知られている。
2007年1月13日のディビジョナルプレーオフ、フィラデルフィア・イーグルス戦の第4Qの活躍はチームに勝利をもたらした[1]。
2007年にセインツのディフェンスキャプテンとなった[5]。2008年の第1週タンパベイ・バッカニアーズ戦では試合終盤にジェフ・ガルシアのパスをインターセプトし勝利を決定づけた[8]。
セインツの一員として第44回スーパーボウルで優勝した後、フリーエージェントとなりクリーブランド・ブラウンズと3年間で1400万ドル(800万ドルの保証を含む)[9]の契約を結んだ[10]。
2010年シーズンはチーム2位のタックルをあげていたが11月ひざの故障で離脱して[11]9試合で56タックル、3.5サックの成績であった[5]。
2011年11月には、不振にあえぐペイトン・ヒリスを他の7人のベテラン選手と共にミーティングルームに呼び出し、話し合いを行った[12]。11月27日のシンシナティ・ベンガルズ戦で右手を骨折、手術を受けることとなった[13]。
2013年4月22日、古巣セインツと一日限りの契約を結び、現役引退を発表をした[14]。
人物
編集ラインバッカーとしては大型のサイズであり、セインツ時代は4-3ディフェンスにおけるストロングサイドのアウトサイドラインバッカーを務め、ディフェンスのシグナルを出していた[9]。
2009年11月、ボルチモア・レイブンズのブレンドン・アイオンバーデイジョとともに同性婚を支援することを公表している[7]。
脚注
編集- ^ a b “日本背負うセインツのLBフジタ NFL”. 朝日新聞 (2007年1月17日). 2010年11月22日閲覧。
- ^ a b c d e f Fleming, David (2006年11月10日). “A linebacker with a conscience”. Page2. ESPN. 2009年9月5日閲覧。
- ^ 町山智浩 (2010年2月4日). “30秒3億円のスーパーボウルCMと宗教と政治”. ニューズウィーク. 2010年11月22日閲覧。
- ^ “モチ、こいのぼり…セインツに大和魂持つNFL戦士!”. スポーツニッポン (2010年1月20日). 2010年11月22日閲覧。
- ^ a b c d e “ブラウンズLBスコット・フジタ誕生”. NFL JAPAN (2011年4月28日). 2011年4月28日閲覧。
- ^ “CHIEFS TRADE FUJITA, CUT AMBROSE, QUINN”. Wichita Eagle (2005年9月4日). 2010年11月22日閲覧。
- ^ a b “Saints Linebacker Fujita Tackles Gay Marriage”. ADVOCATE.com (2010年2月3日). 2010年11月22日閲覧。
- ^ “BUSH, BREES ROMP IN OPENING-DAY WIN”. サン・ヘラルド (2008年9月8日). 2010年11月22日閲覧。
- ^ a b “Cleveland Browns sign first two free agents, linebacker Scott Fujita and lineman Tony Pashos”. cleveland.com (2010年3月8日). 2010年11月22日閲覧。
- ^ “スーパーボウル制覇に貢献のLBフジタ、ブラウンズ加入”. NFL JAPAN (2010年3月8日). 2010年4月6日閲覧。
- ^ “【第11週プレビュー】ジャガーズ、ブラウンズ相手に3連勝狙う”. NFL JAPAN (2010年11月19日). 2010年11月22日閲覧。
- ^ “不振のRBヒリス、ベテラン8人と話し合い”. NFL JAPAN (2011年11月5日). 2011年11月5日閲覧。
- ^ “ブラウンズ、LBフジタが腕骨折で今季絶望か”. NFL JAPAN (2011年11月29日). 2011年11月30日閲覧。
- ^ “【セインツの一員として現役引退のフジタ、「新たな旅の始まりだ」”. NFL JAPAN (2013年4月23日). 2013年4月23日閲覧。
関連項目
編集外部リンク
編集- 通算成績と情報 NFL.com, or ESPN, or Pro-Football-Reference
- スコット・フジタ - IMDb