スカアハ
スカアハ(アイルランド語: Scáthach)は、アルスター物語群に登場する予言の力を持った武芸者。スカハ、スカト、スカーサハ、スカータハなどとも。名前は「影の者」という意味を持つ[1]。
アードガムの娘[1][注釈 1]で、7つの城壁に囲まれた「影の国(アイルランド語: Dún Scáith、ダン・スカー)」(「影の城」、「スカイの国」とも)という名の異界を統べる女王。ウアタハという名の娘と[2]、CuarとCatという名の息子がいる[3]。
説話
編集スカアハはアルスター物語群のひとつ「エメルへの求婚」に登場する[注釈 2]。この物語は『赤牛の書』や『レンスターの書』などの写本に残されており、いくつかのバージョンがある。スカアハが登場する中盤のあらすじは以下のとおりである。
スカアハはアルヴァの東方(現在のスコットランド)[4][注釈 3]で、一種の軍事学校を開く教師であった。のちにクー・フラン(クー・フーリン)の親友となるフェル・ディアドも生徒の一人で、他のバージョンにはデアドラとの悲恋で有名なノイシュ、Egomasの息子Lochmor、Foraの息子Fiamainもスカアハの生徒であることが書かれている[5]。
ある日、アルスターの英雄クー・フランが、武術修業のためスカアハのもとを訪れる。 数々の難所を乗り越えアルヴァに辿りついたクー・フランにスカアハは驚嘆し、この若き英雄を弟子にする[注釈 4]。スカアハは当時、他部族の王妃である女武芸者オイフェ[注釈 5]が支配する人々と戦っていたが、クー・フランがオイフェを一騎打ちで破り、この地に平和をもたらす[4]。
スカアハは一年と一日の間[6]、クー・フランに鮭飛びの術や必中必殺ガイ・ボルガをはじめとした様々な奥義を伝授した。 具体的には、球の妙技、刃の妙技、平らに置いた盾の妙技、投げ槍の妙技、縄の妙技、胴の妙技、猫の妙技、大胆鮭跳躍の妙技、棒高跳びに障害物跳び、歴戦の戦車の御者だけに許された後退回転、必中必殺ガイ・ボルガと真鍮の刃、車輪の妙技、八人の妙技、呼吸秘術、口唇憤怒、戦士咆哮、止め斬りの秘法、水切り失神突きの秘法、槍登りの妙技、槍のてっぺん棒立ちの妙技など、非常に多岐にわたる[注釈 6]。
戦いの技術以外にも、スカアハはクー・フランにある予言を与えている。この予言は「Verba Scáthaige」、日本語で「スカアハの言葉」というタイトルで今日まで伝わっている。元々は8世紀前半の写本『ドルム・シュネフタの冊子』に残されていた可能性が高いが、現在この写本は行方不明となっている[7]。スカアハは予言の力を用い、クー・フランを待ち受ける数々の困難、クー・フランの最期、またクアルンゲの牛捕りのクライマックスをも言い当てた[8]。
近代の創作
編集19世紀の作家フィオナ・マクラウドは、物語「かなしき女王」や「女王スカァアの笑い」にて、クー・フランに異常に執着する、残酷で美しい女王スカアハを描いた。なお、「女王スカァアの笑い」では、クー・フランは影の国で一人の女も愛すことはなかったという設定である[注釈 7]。
脚注
編集注釈
編集- ^ 18世紀に編纂された物語Training of Cucuhulainかたはたゆたなにおいては、スキタイの王Buanuineの娘であることが記されている(Stokes, section 12)。
- ^ バーバラ・ウォーカーによればスカアハは北欧神話の女神スカジと同一の神格である(高平 et al. 1998, p. 92)。ただ、この説の初出はバーバラ・ウォーカー著『神話・伝承事典』である[要出典]。前提として、彼女はアイルランド神話の研究者ではなく、作家・フェミニストであるため、神話上の裏付けがないものも多分に含まれていることを留意すべきだろう。
- ^ スカアハが住む場所は写本によって異なる。例えば、6〜9世紀ごろに書かれたと考えられる「エメルへの求婚」最古のバージョンと、11世紀の写本に残る「エメルへの求婚」ではアルヴァの東方と記されており(The Oldest Version of Tochmarc Emire, p. 445)(The Wooing of Emer by Cú Chulainn, paragraph 60)、スコットランドに残る16世紀の写本『ディーン・オブ・リズモアの書』ではスカイ島のダンスキー城(Maclauchlan, p. 51)、また18世紀の写本に残る物語「The Training of Cúchulainn」ではスカイ島であることが記されている(Stokes, Preamble)。
- ^ 肉体関係の有無については、これも物語のバージョンにより異なる(The Wooing of Emer by Cú Chulainn, paragraph 71)。
- ^ スカアハの姉妹という説もある(木村 & 松村 2017, p. 221)。
- ^ 奥義名の和訳はキアラン・カーソンの『トーイン』より転載(キアラン・カーソン 2011, p. 120)。原文は「The Wooing of Emer by Cú Chulainn」のparagraph 78を参照。
- ^ これらの物語は青空文庫にて読むことができる。
出典
編集- ^ a b ミランダ 2006, p. 140.
- ^ マイヤー, B 2001, p. 30.
- ^ The Oldest Version of Tochmarc Emire, p. 449.
- ^ a b 木村 & 松村 2017, p. 221.
- ^ The Wooing of Emer by Cú Chulainn, paragraph 67.
- ^ 八住 1981, p. 184.
- ^ Patrick Leo, p. 192.
- ^ Patrick Leo, p. 200-201.
参考文献
編集一次資料
- 6世紀〜9世紀頃に書かれたと考えられる詩「スカアハの言葉」の現代英語訳。
- 6世紀〜9世紀頃に書かれたと考えられる物語「エメルへの求婚」の現存する最古のバージョン。現代英語訳。
- 11世紀の写本に残る物語「エメルへの求婚」の現代英語訳。
- 18世紀の写本に残る物語「クー・フランの修行」の現代英語訳。
二次資料
- マイヤー, ベルンハルト 著、鶴岡真弓 平島直一郎 訳『ケルト辞典』創元社、2001年。ISBN 4-422-23004-2。
- 木村正俊, 松村賢一『ケルト文化事典』東京堂出版、2017年。ISBN 978-4490108903。
- キアラン・カーソン 著、栩木伸明 訳『トーイン クアルンゲの牛捕り』東京創元社、2011年。ISBN 978-4488016517。
- ミランダ・J・グリーン 著、井村君江, 渡辺充子, 大橋篤子, 北川佳奈 訳『ケルト神話・伝説辞典』東京書籍、2006年。ISBN 978-4487761722。
- 八住利雄『世界神話伝説大系〈41〉アイルランドの神話伝説』名著普及会、1981年。ISBN 9784895512916。
- Maclauchlan, Thomas. The Dean of Lismore's book : a selection of ancient Gaelic poetry from a manuscript collection made by Sir James M'Gregor, Dean of Lismore, in the beginning of the sixteenth century .16世紀の写本『ディーン・オブ・リズモアの書』の現代英語訳。
三次資料
- 高平鳴海他『女神』新紀元社、1998年。ISBN 978-4-88317-311-2。
- リース, ブランリー [in ドイツ語] (2001). イヴ・ボンヌフォワ (ed.). 世界神話大事典. 大修館書店. ISBN 4469012653。
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は必須です。 (説明) - バーバラ・ウォーカー『神話・伝承事典』大修館書店、1988年、ISBN 978-4469012200。
- フィオナ・マクラウド 著、松村みね子 訳『かなしき女王―ケルト幻想作品集』筑摩書房、2005年。ISBN 978-4480421265。