ジェイン・ジェイコブズ
ジェイン・ジェイコブズ(Jane Butzner Jacobs, 1916年5月4日 - 2006年4月25日)は、アメリカ合衆国の女性ノンフィクション作家・ジャーナリスト。郊外都市開発などを論じ、また都心の荒廃を告発した運動家でもある。最も反響を呼んだ著作は『アメリカ大都市の死と生』(1961年)であり、『都市の経済学』(1986年)と並び都市計画研究の重要な古典となっている。『壊れゆくアメリカ』(2004年)が遺作となった。
略歴
編集米国ペンシルベニア州スクラントン生まれ。ジェイコブズは1933年に高校を卒業。地元の商業学校で速記を学んだ後、就職する。
最初に就いたのは、貿易雑誌の秘書で、やがて編集者となった。ヘラルド・トリビューン日曜版にも多くの記事を書いていた。後に戦争情報室(en:Office of War Information)の記者になった。1944年に建築家ロバート・ハイド・ジェイコブズと結婚、二人の息子がいる。
高速道路の急速な建設への反対運動や、都市の再開発に対する問題提起が、ジェイコブズの生涯のテーマであった。ニューヨークのグリニッジ・ヴィレッジに住んでいた当時、道路建設、再開発の計画が公表されると反対運動の先頭に立ち、ローワーマンハッタン高速道路の建設が中止になった1962年には反対合同協議会の議長を務めていた。この計画は再び持ち上がり、ジェイコブズは1968年4月10日に逮捕されている。
1969年にカナダオンタリオ州のトロントに移住、スパディナ高速道路(Spadina Expressway)の建設に反対している。この頃、デモンストレーション中に2度逮捕されている。
ジェイコブズは、州都トロントは、オンタリオ州より強く独立性を持つべきと主張している。1997年にはトロントが「Jane Jacobs: Ideas That Matter」という会議を開いている。これはジェイコブズの著書のタイトルから取っている。会議の最後に、ジェイン・ジェイコブズ賞が創設され、トロントのバイタリティーに貢献した人に贈られている。
アンソニー・フリント『ジェイコブズ対モーゼス ニューヨーク都市計画をめぐる闘い』(渡邉泰彦訳、鹿島出版会、2011年)は、第二次世界大戦前後より30年以上、ニューヨーク州・市の都市計画に大きな権限があったロバート・モーゼスとの、環境保全をめぐる闘いの記録である。
アメリカ大都市の死と生
編集ジェイコブスはアメリカの大都市が自動車中心になり、人間不在の状況になっていることに疑問を持ち、1961年に近代都市計画を批判する著書『アメリカ大都市の死と生』(The Death and Life of Great American Cities)を刊行して、反響を呼んだ。
ジェイコブスの挙げる例によると、ボストン市内にイタリア移民が多く住む地区(都市計画家から見れば再開発の対象となる地区)があるが、ここではほとんど犯罪が起こっていない、一方ボストンの郊外でも犯罪が多発している地区がある。ジェイコブスは、安全な街路の条件として、常に多数の目(ストリートウォッチャー)が存在していることなどを指摘している。
都市が多様性を持つための条件(The conditions for city diversity)として、ジェイコブスは次の4つを指摘した。
都市の街路や地区で,溢れんばかりの多様性を生成するためには,4つの条件が必要不可欠である。
1. 地区,そして,地区内部の可能な限り多くの場所において,主要な用途が2つ以上,望ましくは3つ以上存在しなければならない。そして,人々が異なる時間帯に外に出たり,異なる目的である場所にとどまったりすると同時に,人々が多くの施設を共通に利用できることを保証していなければならない。
2. 街区のほとんどが,短くなければならない。つまり,街路が頻繁に利用され,角を曲がる機会が頻繁に生じていなければならない。
3. 地区は,年代や状態の異なる様々な建物が混ざり合っていなければならない。古い建物が適切な割合で存在することで,建物がもたらす経済的な収益が多様でなければならない。この混ざり合いは,非常にきめ細かくなされていなければならない。
4. 目的がなんであるにせよ,人々が十分に高密度に集積していなければならない。これには,居住のために人々が高密度に集積していることも含まれる。 (中略)
この4つの条件は,どれかひとつが欠けても有効に機能しない。都市的多様性が生成するためには,4つの条件すべてが必要である。
— 著:ジェイン・ジェイコブズ、訳:中村仁 "The Death and Life of Great American Cities"(Random House, 1961, and Vintage, 1992, pp.150-151)
多様性は魅力的で活力のある都市の条件であるが、従来の都市計画ではまったく顧みられなかったとして、ル・コルビュジエの輝く都市など、機能優先の近代都市計画の理念を批判した。
ジェイコブズの影響と批判
編集ジェイコブズの影響は広い範囲で認められ、一般には、20世紀後半の都市計画思想を一変させたといわれる。近年の創造都市論の源流とも考えられている[1]。創造階級論のリチャード・フロリダも、ジェイコブズに深い影響を受けている[2]。日本では、塩沢由典の『関西経済論』がジェイコブズの思想を地域の経済発展を考えるベースとしている[3]。
ジェイコブズへの批判としては、実行可能性がなく、また、開発者と政治家による政治を無視していると言われている。これらの批判に対し、ニューヨークやデトロイト市で1960年代にスプロール化が進行したことを例にして反駁している。
ロバート・ソローは、著作「経済の本質」への書評[1]で、ジェイコブズの批判対象についての無知と、きちんとした既存の資料を調査検証なしに、少数の逸話を過度に一般化する傾向について強く論難している。
著作
編集- The death and life of great American cities, Vintage Books, 1961.
- The economy of cities, Random House, 1969.
- 『都市の原理』 中江利忠・加賀谷洋一訳(鹿島出版会、1971→同:SD選書、2011)、改訂版
- The question of separatism: Quebec and the struggle over sovereignty, Random House, 1981.
- Cities and the wealth of nations: principles of economic life, Random House, 1984.
- The girl on the hat, Oxford University Press, 1989.
- Systems of survival: a dialogue on the moral foundations of commerce and politics, Random House, 1992.
- The nature of economies, Random House Canada, 2000.
- 『経済の本質-自然から学ぶ』 香西泰・植木直子訳(日本経済新聞社、2001→日経ビジネス人文庫、2013)
- Dark age ahead, Random House, 2004.
- 『壊れゆくアメリカ』 中谷和男訳(日経BP社、2006)
- 『ジェイン・ジェイコブズ都市論集 都市の計画・経済論とその思想』
- サミュエル・ジップ/ネイサン・シュテリング編(宮崎洋司訳、鹿島出版会、2018)