サトコとナダ
『サトコとナダ』は、ユペチカによる日本の4コマ漫画。『最前線』(星海社)において2017年1月から2018年11月まで連載された。アメリカ合衆国の大学に通う日本人留学生サトコと、彼女のルームメイトでありサウジアラビア出身のイスラーム教徒であるナダの文化交流と友情が描かれる。
サトコとナダ | |
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漫画 | |
作者 | ユペチカ |
出版社 | 星海社 |
掲載サイト | 最前線 |
レーベル | 星海社COMICS |
発表期間 | 2017年1月 - 2018年11月 |
巻数 | 全4巻 |
その他 | 西森マリー(監修) |
テンプレート - ノート | |
プロジェクト | 漫画 |
ポータル | 漫画 |
作者であるユペチカ自身の留学経験に基づいて制作された作品であり、イスラーム教徒であるジャーナリストの西森マリーが監修を担当している。単行本は『星海社COMICS』から全4巻が刊行されている。
2017年には次にくるマンガ大賞のWeb漫画部門で4位を、このマンガがすごい!のオンナ編で3位を記録した。また、2020年と2021年にはアメリカ合衆国のヤングアダルト図書館サービス協会が発表する「ティーン向けの優秀なグラフィックノベル」に2年連続で選出された。
あらすじ
編集アメリカ合衆国の大学に1年間留学することとなった日本人学生であるサトコは、サウジアラビアからの留学生であり、母国の女性のために医者になることを目指しているナダとルームメイトになる[1][2]。サトコとナダはすぐに親密になり、サトコはナダからイスラームのことを知る[3]。また、サトコはキリスト教徒で白人のアメリカ人であるミラクルや日系3世のアメリカ人であるケビンなど様々な人物と出会う[1]。
ある日、ナダの兄であるラフマンが、ナダの婚約相手が決まったことを知らせにナダのもとを訪れる[4]。医者になる夢を抱いているナダはその知らせに動揺を受ける。そのような中、婚約相手のアブダーラが直接ナダのもとへやってくる[4]。アブダーラもまた会ったことがない人間と結婚することに抵抗を覚えていた。ナダと直接会ったアブダーラはナダに惹かれ、結婚を申し出る。アブダーラの人となりを知り、医者になる夢への理解も得られたナダはこれを受け入れ、2人は婚約の儀式を行う。
次第にサトコの帰国が近づく[5]。サトコとナダは思い出作りにニューヨークへ旅行に出かけ、ナイアガラの滝に寄る。カナダ側の方が眺めが良いと知り、ナダは男性親族の同伴がないと国境を跨いではならないというサウジアラビアの規則を破ってサトコと共にカナダ側へ渡る。そして留学期間を終えたサトコはナダと別れ、日本に帰る。
背景
編集サウジアラビアでは2005年からアブドゥッラー国王のもとで「アブドゥッラー国王海外留学奨学金プログラム」が始まり、女性が積極的に国外へ派遣された[6]。2011年には女性に地方議会への参政権が認められ、2018年1月にはスポーツ観戦が、同年6月には自動車の運転が、2019年8月には男性親族を伴わない海外渡航が許可された[7][注釈 1]。
制作
編集『サトコとナダ』の物語はユペチカのアメリカ合衆国への留学体験がもとになっている[9]。ただし、物語はフィクションであり、エッセイ漫画ではない[9]。ユペチカは、自身が抱いていたイスラーム教徒に対するイメージと、現地で出会ったイスラーム教徒が全く異なることに気が付いた[9]。このことを周囲の人にも知ってほしいと考えていたところ、サトコやナダといったキャラクターが思い浮かび、漫画の制作を始めた[10]。
ユペチカによると、物語の舞台は架空の街であるが、モデルは西海岸であり、サンフランシスコのようなリベラル寄りの地域をイメージしているという[10]。主要キャラクターであるナダはユペチカが留学時代に出会った5人ほどの人物がモデルになっており、それぞれの特徴やエピソードをまとめて作り上げられた[10]。また、主人公であるサトコには作者であるユペチカの視点が反映されているが、ユペチカは、自身そのものではなく[9]、あくまでサトコ自身の視点を描くことを意識したと語っている[10]。
連載
編集ユペチカはTwitterで私的に投稿を開始した。それが星海社の編集者の目に留まり、星海社が運営する4コマ漫画配信サービスである「ツイ4」と「最前線」での連載を開始した[10]。2017年7月には星海社COMICSから単行本第1巻が刊行され[11]、2018年12月に最終巻である第4巻が刊行された[12]。2018年10月からはアメリカ合衆国の出版社であるセブンシーズ・エンターテインメントより英語版が刊行された[13]。
作風とテーマ
編集本作は一般的な4コマ漫画と比べて横長になっている。また、映画らしい雰囲気を出すためにセリフは横書きにされた。サトコ以外のキャラクターのセリフは異国感を演出するため、英語から日本語に翻訳したような、日本語としては少し不自然な言い回しが取られている[9]。ユペチカによると、絵柄は物語の雰囲気に合わせたかたちでシンプルかつコミカルにしたという[14]。
本作はイスラーム教徒であるジャーナリストの西森マリーが監修を行った[15]。監修にあたっては客観性を保つため、ユペチカと西森の間に編集者が入って行われた[9]。主にイスラームの戒律についてのチェックが行われ、ネームの段階で1回、完成した段階で最終確認が行われた[16]。
『サトコとナダ』には日本人であるサトコやサウジアラビア出身のイスラーム教徒であるナダに限らず、「典型的なアメリカ人」であるミラクルや、日系人であるケビンなど様々な生き方や文化を持ったキャラクターが登場する[10]。ユペチカは自分と違う生き方や文化を持った人々がいることは「当たり前だけど大切なこと」であり、これを読者に知ってほしいと語っている[10]。
評価
編集Anime News Networkの「The Fall 2018 Manga Guide」において本作をレビューした4人のライターらは、それぞれ星4.5、星5、星4、星4の評価を与えた[17]。このうち、星4.5の評価を与えたRebecca Silvermanは、4コマ漫画となっていることで一口サイズで情報を伝えるだけでなく、物語が居心地の良いものになっていると評している[17]。『朝日新聞』の松尾慈子も、セリフが横書きであるにも関わらず非常に読みやすく、漫画としての読みやすさに気を配っていると評価している[2]。
『The Japan News』のKanta Ishidaは、本作では楽しみながらイスラームへの知識を深めることが出来ると評価している[18]。またIshidaは、イスラーム文化を題材にした漫画は森薫による『乙嫁語り』などが挙げられるが、現代のイスラーム教徒を題材にした漫画は本作が初めてではないかとしている[18]。Book RiotのS.W. Sondheimerは、ニカーブやチャドル、ヒジャーブ、ブルカといったイスラーム教徒の被服に、イスラーム教徒であるナダの視点からアプローチしていることを評価している[19]。その一方で、Takahashi (2021)は、全体としてはイスラームへの理解を促していると評しながらも、イスラーム諸国における女性の権利の侵害を強調しながら日本やその他の国における家父長制を無視しているという点で問題がないわけではないと指摘している[20]。また、Anime News NetworkのFeye Hopperは、星5の評価を与え、本作を文化への尊重に基づいた非常に教育的な作品であるとしながらも、全ての人を理解するというポリシーによって各々の世界観への直接的な批評が妨げられているという点が本作の潜在的な問題点であると指摘している[17]。
中東研究者である保坂修司は、サウジアラビアにはナダとは全く異なる文化的な背景を持つ人も少なくないため、本作だけでサウジアラビアの女性を理解できるわけではないとしつつ、研究者が書く論文よりも訴えかける力があり、サウジアラビアに関心を持った人が手始めに読む本として薦めることが出来るとしている[21]
受賞
編集『サトコとナダ』は2018年の「次にくるマンガ大賞」のWeb漫画部門で4位を記録した[22]。また、同年の「このマンガがすごい!」のオンナ編において3位を記録した[23]。2020年にはアメリカ合衆国に本拠地を置くアメリカ図書館協会の傘下であるヤングアダルト図書館サービス協会が発表する「ティーン向けの優秀なグラフィックノベル」に選出された[24]。2021年にも再び選出され、2年連続の選出となった[25]。
年 | 賞 | 部門 | 対象 | 結果 | 出典 |
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2018年 | 次にくるマンガ大賞 | Web漫画 | 『サトコとナダ』 | 4位 | [22] |
このマンガがすごい! | オンナ編 | 3位 | [23] |
関連書籍
編集2018年12月27日には星海社新書から椿原敦子・黒田賢治著『「サトコとナダ」から考えるイスラム入門:ムスリムの生活・文化・歴史』が刊行された[26]。同書では本作を引用しながら、イスラームの歴史や文化、暮らしが解説されている[27]。
書誌情報
編集- ユペチカ(著)・西森マリー(監) 『サトコとナダ』 星海社〈星海社COMICS〉、全4巻
- 2017年7月7日第1刷発行(7月8日発売[28])、ISBN 978-4-06-369572-4
- 2017年11月27日第1刷発行(12月8日発売[29])、ISBN 978-4-06-510770-6
- 2018年4月26日第1刷発行(4月28日発売[4])、ISBN 978-4-06-511432-2
- 2018年12月10日第1刷発行(12月12日発売[30])、ISBN 978-4-06-513825-0
脚注
編集注釈
編集- ^ ただし、こうした改革を進める一方で政府は女性の自動車運転解禁を求めてきた人々を拘束し、あくまで政府とムハンマド・ビン・サルマーン皇太子の功績であることを強調している[8]。こうしたことから高尾 (2021)は、政府が女性を管理している状況は大きく変わっていないとしている[8]。
出典
編集- ^ a b Morgana Santilli (2019年7月29日). “REVIEW: Friendship and cultural exchange in SATOKO AND NADA” (英語). Comics Beat. 2021年7月25日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年9月18日閲覧。
- ^ a b 松尾慈子 (2018年5月11日). “目からウロコの成長物語 「サトコとナダ」(ユペチカ)”. 朝日新聞デジタル. 朝日新聞社. 2022年9月20日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年9月20日閲覧。( 要購読契約)
- ^ Takahashi 2021, p. 175.
- ^ a b c “サトコとナダ 3”. 講談社. 2022年9月20日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年9月18日閲覧。
- ^ コミックナタリー編集部 (2018年12月11日). “お別れの日が間近に…「サトコとナダ」最終4巻、年末にはイスラム入門本も”. コミックナタリー. 2023年6月28日閲覧。
- ^ 高尾 2021, p. 159.
- ^ 高尾 2021, pp. 160–161.
- ^ a b 高尾 2021, p. 164.
- ^ a b c d e f 粟生こずえ (2018年4月2日). “【インタビュー】ユペチカ『サトコとナダ』おもしろさの秘密には、ある「神様」の存在があった!”. このマンガがすごい!Web. 2021年11月1日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年9月18日閲覧。
- ^ a b c d e f g 小松良介 (2017年8月24日). “自分の世界から飛び出すきっかけになれたら――第3回「次にくるマンガ大賞」Webマンガ部門4位!『サトコとナダ』ユペチカさんインタビュー【前編】”. ダ・ヴィンチWeb. 2021年4月21日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年9月18日閲覧。
- ^ “サトコとナダ 1”. メディア芸術データベース. 2022年9月18日閲覧。
- ^ “サトコとナダ 4”. メディア芸術データベース. 2022年9月18日閲覧。
- ^ Karen Ressler (2018年3月16日). “Seven Seas Licenses Satoko and Nada Manga” (英語). Anime News Network. 2021年6月21日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年9月18日閲覧。
- ^ 粟生こずえ (2018年4月9日). “【インタビュー】ユペチカ『サトコとナダ』 『このマンガがすごい!2018』オンナ編第3位に“あの人”が困惑!?”. このマンガがすごい!Web. 2021年12月15日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年9月19日閲覧。
- ^ Takahashi 2021, p. 176.
- ^ 小松良介 (2017年8月25日). “海外に出て、自分が日本人であることを思い知った――第3回「次にくるマンガ大賞」Webマンガ部門4位!『サトコとナダ』ユペチカさんインタビュー【後編】”. ダ・ヴィンチWeb. 2021年4月24日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年9月20日閲覧。
- ^ a b c “Satoko and Nada - The Fall 2018 Manga Guide” (英語). Anime News Network (2018年11月28日). 2022年7月5日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年9月18日閲覧。
- ^ a b Kanta Ishida (2018年1月26日). “KANTA ON MANGA: Meeting of 2 cultures plays out in 4 panels” (英語). The Japan News (読売新聞社)
- ^ S.W. Sondheimer (2021年2月18日). “The 5 Best Dressed Characters in Manga” (英語). Book Riot. 2021年10月19日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年9月18日閲覧。
- ^ Takahashi 2021, pp. 175–176.
- ^ 保坂修司「(ひもとく)中東と日本 「石油」を超えて理解深める」『朝日新聞』朝日新聞社、2018年11月24日、朝刊、11面。
- ^ a b “歴代受賞作品 - 次にくるマンガ大賞 2018”. 次にくるマンガ大賞. 2019年3月31日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年9月18日閲覧。
- ^ a b Crystalyn Hodgkins (2017年12月8日). “Kono Manga ga Sugoi! Reveals 2018's Series Ranking for Female Readers” (英語). Anime News Network. 2022年8月4日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年9月18日閲覧。
- ^ Crystalyn Hodgkins (2020年1月4日). “Witch Hat Atelier Manga Ranks in YALSA's Top 10 Graphic Novels for Teens” (英語). Anime News Network. 2022年8月1日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年9月18日閲覧。
- ^ Adriana Hazra (2021年1月11日). “Blue Flag Manga Ranks in YALSA's Top 10 Graphic Novels for Teens” (英語). Anime News Network. 2022年8月1日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年9月18日閲覧。
- ^ “『サトコとナダ』から考えるイスラム入門 ムスリムの生活・文化・歴史”. 講談社. 2021年10月24日時点のオリジナルよりアーカイブ。2023年6月27日閲覧。
- ^ “新書ピックアップ(朝日新聞2019年2月16日掲載)”. 好書好日. 朝日新聞社 (2019年2月21日). 2020年10月25日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年9月18日閲覧。
- ^ “サトコとナダ 1”. 講談社. 2021年9月7日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年9月18日閲覧。
- ^ “サトコとナダ 2”. 講談社. 2021年11月15日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年9月18日閲覧。
- ^ “サトコとナダ 4”. 講談社. 2021年9月9日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年9月18日閲覧。
参考文献
編集- Saul J. Takahashi (2021). “Islamophobia in Japan: A Country at a Crossroads.”. Islamophobia Studies Journal (Pluto Journals) 6 (2): 167-181. doi:10.13169/islastudj.6.2.0167.
- 高尾賢一郎『サウジアラビア:「イスラーム世界の盟主」の正体』中央公論新社〈中公新書〉、2021年11月。ISBN 978-4-12-102670-5。