コルレーン男爵(コルレーンだんしゃく、: Baron Coleraine)は、イギリスの貴族爵位。アイルランド貴族で2度、連合王国貴族で1度創設され、連合王国貴族における創設が存続している。

コルレーン男爵
(第3期)
Baron Coleraine
創設時期1954年2月16日
創設者エリザベス2世
貴族連合王国貴族
初代初代男爵リチャード・ロー英語版
最終保有者3代男爵ジェームズ・ロー
推定相続人アンドルー・ロー閣下
付随称号なし
現況存続
モットーLex Tua Meditatio Mea

歴史

編集

イングランド王国廷臣ヒュー・ヘア英語版(1605/1606–1667)は、1625年8月31日にアイルランド貴族であるコルレーンのコルレーン男爵Baron Coleraine of Coleraine)に叙された[1][2]。その曽孫にあたる3代男爵ヘンリー・ヘア(1694–1749)好古家であり、ロンドン考古協会フェロー、王立協会フェローに選出されたほか、フリーメイソンの一員としてイングランド首位グランドロッジ英語版のグランドマスターを務めたが、妻アン(1699–1754)とは結婚から3年もしないうちに別居し、嫡子をもうけなかった[3]。その結果、爵位の継承者がおらず、1749年に3代男爵が死去すると爵位は廃絶した[4]

3代男爵の死後、その遺産はアンが相続し、アンの死後は従兄にあたるグレートブリテン庶民院議員ガブリエル・ハンガー英語版(1697–1773)が相続した[4]。ガブリエルは1762年2月26日、アイルランド貴族であるロンドンデリー県コルレーンのコルレーン男爵Baron Coleraine, of Coleraine, co. Londonderry)に叙された[5]。第2期のコルレーン男爵はガブリエルの息子3名が相次いで継承し、うち3代男爵ウィリアム・ハンガー英語版(1744–1814)はグレートブリテン庶民院議員で、4代男爵ジョージ・ハンガー英語版(1751–1824)アメリカ独立戦争に参戦した陸軍軍人だったが、3人ともに息子をもうけず、1824年に4代男爵が死去すると爵位は廃絶した[6]

イギリス首相アンドルー・ボナー・ロー(1858–1923)の末男で保守党の政治家であるリチャード・キッズトン・ロー英語版(1901–1980)は1954年2月16日に連合王国貴族であるイースト・ライディング・オブ・ヨークシャーホルテンプライス英語版におけるコルレーン男爵Baron Coleraine, of Haltemprice, in the East Riding of co. York)に叙された[7][8]。2021年現在の当主はその孫にあたる3代男爵ジェームズ・ピーター・ボナー・ロー(1975–)である。

一覧

編集

コルレーン男爵(第1期;1625年)

編集

コルレーン男爵(第2期;1762年)

編集

コルレーン男爵(第3期;1954年)

編集
  • 初代コルレーン男爵リチャード・キッズトン・ロー英語版(1901年 – 1980年)
  • 第2代コルレーン男爵ジェームズ・マーティン・ボナー・ロー(1931年 – 2020年)
  • 第3代コルレーン男爵ジェームズ・ピーター・ボナー・ロー(1975年 – )

爵位の推定相続人は現当主の叔父(2代男爵の弟)アンドルー・ボナー・ロー閣下(1933年 – )であり、その法定推定相続人は息子にあたるリチャード・ピトケアン・ボナー・ロー(1963年 – )である。2人以外に爵位の継承権を有する人物はいない。

出典

編集
  1. ^ Wright 2004.
  2. ^ Cokayne, Gibbs & Doubleday 1913, p. 365.
  3. ^ Cokayne, Gibbs & Doubleday 1913, pp. 366–367.
  4. ^ a b Cokayne, Gibbs & Doubleday 1913, p. 367.
  5. ^ Cokayne, Gibbs & Doubleday 1913, p. 368.
  6. ^ Cokayne, Gibbs & Doubleday 1913, pp. 368–370.
  7. ^ Cokayne & Hammond 1998, p. 808.
  8. ^ "No. 40103". The London Gazette (英語). 16 February 1954. p. 1008.

参考文献

編集