ゲシュム島
ゲシュム島(ペルシア語: قشم、英: Qeshm)は、イランの島。ペルシャ湾のホルムズ海峡上に位置し、本土とはクラレンス海峡によって隔てられている。ケシュム島、キシュム島、キシム島などとも表記される。
現地名: قشم | |
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ゲシュム島周辺の地図(フランス語) | |
地理 | |
場所 | ホルムズ海峡 |
座標 | 北緯26度45分 東経55度49分 / 北緯26.750度 東経55.817度 |
面積 | 1,491 km2 (576 sq mi) |
長さ | 135 km (83.9 mi) |
幅 | 40 km (25 mi) |
行政 | |
州 | ホルモズガーン州 |
郡 | ゲシュム郡 |
最大都市 | ゲシュム(人口26 807) |
人口統計 | |
人口 | 113,846人(2010年時点) |
人口密度 | 67.07 /km2 (173.71 /sq mi) |
地理
編集ゲシュム島はイラン南岸のペルシャ湾に位置し、バンダレ・アッバースやバンダレ・カミールといった本土の港町と数キロの距離で向かい合っている。全長は135km、300平方キロメートルが無関税区域に指定されている。ホルムズ海峡の軍事上重要な地に立地しており、60km南にはオマーンのホサブ港、180km南にはアラブ首長国連邦(UAE)のラシッド港がある。幅は最も広い中央部付近で40km、最も狭いところでは9.4kmしかない。総面積は1491平方キロメートルで、バーレーンの2.5倍の大きさ。島の東端に築かれたゲシュム市と本土のバンダレ・アッバースは22km離れているが、島と本土は最も狭いところで2kmしかない。
島北部はメフラーン川の河口に面するため、ヒルギダマシのマングローブと干潟が発達し、ウミヘビ、タイマイ、アオウミガメ、ニシハイイロペリカン、サギ、サンカノゴイなどが生息している。この地域は1975年にラムサール条約に登録され[1]、1976年に「ハラー生物圏保護区」としてユネスコの生物圏保護区に指定された[2]。
島には世界最長の岩塩の洞窟などがあるため、2017年にユネスコ世界ジオパークに指定された[3]。
年平均気温は27℃で、6月から8月にかけてが最も暑く10月から1月にかけてが最も寒い。年平均降水量は183.2mm。
島には59の町村があり、10万人が暮らしている。島民は漁業、ダウ船建造、商業、サービス業で生計を立てている。さらに行政、出稼ぎ労働者、学生など3万人が流入している。
歴史
編集イスラム教が成立する以前の文献にも、島に関する記述が確認されている。エラムは島名をQeshm、Keshmなどと表記していたほか、キーシュ島やトゥンブ諸島などとも混同していた。ギリシャのクラウディオス・プトレマイオスは島をアレクサンドリアとかアラシアと呼び、ローマ帝国のマルケリヌス・アンミアヌスもアレクサンドリアと呼んでいた。ペルシャ湾の玄関口という地政学的に重要な立地から、エラム、ウマイヤ朝、アッバース朝、さらにはポルトガルやイギリスの勢力からしばしば攻撃を受けた。その惨害は未だ判然としない。サーサーン朝支配下では、島はアバルカワン(Abarkawan)と呼ばれた[6]。各種史料によると、ゲシュム島は交易と海運の中心地として知られ、とりわけディアラメー時代とブワイフ朝時代には中国、インド、アフリカの船が行き来していた。
探検家のウィリアム・バフィンは1622年にこの島でポルトガル軍と戦い、致命傷を負った。
経済
編集基幹産業は漁業だが、小規模ながらナツメヤシやメロンも栽培されており、南東部の海沿いでは塩もとれる。
ゲシュム島の原生林などはエコツアースポットとして知られている。環境保護論者らによると、世界の鳥類の1.5%、イランの鳥類の25%が毎年、このイラン初の地勢公園に渡ってくる。他にはポルトガルの城塞、歴史あるモスク、セイ・モザファールやビビ・マリャームの聖地、多くの池沼、マングローブ林などが観光名所となっている。数軒の半球形の建物、塩の洞窟、シブデラーズ村のカメ孵化場、多くの港や波止場も名所となる可能性がある。
第一次10ヵ年計画により、1991年に法が改正され無関税区域の設置が認められると、キーシュ島、ゲシュム島、チャーバハールの三地点が無関税化された。さらに、島は欧州と極東の間の最大の自由地域を目指し「貿易の産業の自由地域」に様変わりした[7]。様々な分野での経済成長を促すため、島には政策の自主権と中央からの独立性が与えられた。
イラン航空655便撃墜事件
編集1988年7月3日、イラン航空のエアバスA300が島の南でアメリカ海軍のミサイル巡洋艦、ヴィンセンスに撃墜され、290人の民間人が死亡した(イラン航空655便撃墜事件)。機体はゲシュム島南岸の2.5km沖に墜落した。
脚注
編集- ^ “Khuran Straits | Ramsar Sites Information Service”. rsis.ramsar.org (1997年1月1日). 2023年1月26日閲覧。
- ^ “Hara Biosphere Reserve, Islamic Republic of Iran” (英語). UNESCO (2019年2月25日). 2023年1月26日閲覧。
- ^ “QESHM ISLAND UNESCO GLOBAL GEOPARK (Islamic Republic of Iran)” (英語). UNESCO (2021年7月27日). 2022年10月20日閲覧。
- ^ http://payvand.com/news/07/sep/1158.html
- ^ http://www.encyclopedia.com/doc/1G1-13540002.html
- ^ Martin Hinds. The First Arab Conquests in Fārs, Iran, Vol. 22, (1984), pp. 39-53. Published by: British Institute of Persian Studies. [1]
- ^ Qeshm Island, Qeshm Energy International
参考文献
編集- . الكوخردى ، محمد ، بن يوسف، (كُوخِرد حَاضِرَة اِسلامِيةَ عَلي ضِفافِ نَهر مِهران) الطبعة الثالثة ،دبى: سنة 199۷ للميلاد Mohammed Kookherdi (1997) Kookherd, an Islamic civil at Mehran river, third edition: Dubai
- . کامله،القاسمی، بنت شیخ عبدالله، (تاریخ لنجة) مکتبة دبي للتوزیع، الامارات: الطبعة الثانية عام ۱۹۹۳ للمیلاد
- . الوحیدی الخنجی، حسین بن علی بن احمد، «تاریخ لنجه» ، الطبعة الثانية دبی: دار الأمة للنشر والتوزیع، ۱۹۸۸ للمیلاد
- . اطلس گیتاشناسی استانهای ایران [Atlas Gitashenasi Ostanhai Iran] (Gitashenasi Province Atlas of Iran)