グラスゴー大聖堂

スコットランドの大聖堂

グラスゴー大聖堂(グラスゴーだいせいどう、英語: Glasgow Cathedral)、またはグラスゴー高教会(グラスゴーこうきょうかい、: High Kirk of Glasgow)、聖ケンティガーン大聖堂(せいケンティガーンだいせいどう、: St Kentigern's Cathedral)、聖ムンゴ大聖堂(せいムンゴだいせいどう、: St Mungo's Cathedral)はグラスゴーにあるスコットランド国教会の聖堂。

グラスゴー大聖堂
Glasgow Cathedral
聖ムンゴ大聖堂
The Cathedral of Saint Mungo
グラスゴー大聖堂の正面、2007年撮影
グラスゴー大聖堂 Glasgow Cathedralの位置(Central Glasgow内)
グラスゴー大聖堂 Glasgow Cathedral
グラスゴー大聖堂
Glasgow Cathedral
グラスゴー中央部における位置
地図
北緯55度51分47秒 西経4度14分05秒 / 北緯55.8630度 西経4.2346度 / 55.8630; -4.2346座標: 北緯55度51分47秒 西経4度14分05秒 / 北緯55.8630度 西経4.2346度 / 55.8630; -4.2346
所在地 グラスゴー
スコットランド
教派 スコットランド国教会
過去の教派 ローマ・カトリック教会
ウェブサイト www.glasgowcathedral.org.uk
歴史
守護聖人 聖ムンゴ英語版
献堂日 1136
建築物
現況 現存
用途 高教会
聖職者
式長 ローレンス・A・B・ホイットニー博士
補佐人 エイダ・マクラウド
関係平信徒
音楽監督 アンドリュー・フォーブス
オルガニスト マルコム・シム博士
教会献花 ノルマ・A・クラークソン=ゴーマン
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スコットランド宗教改革英語版以前に建てられ、ローマ・カトリック教会のグラスゴー司教、大司教、続いてスコットランド国教会のグラスゴー大主教の所在地であり、現代ではスコットランド国教会のグラスゴー長老会英語版の所在地になっている。ハイ・ストリートの北、カテドラル・ストリートの東で、グラスゴー王立診療所英語版の隣にある。

歴史

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グラスゴー大聖堂はスコットランド宗教改革英語版以前の12世紀末に建てられ[1]、歴代のグラスゴー司教、大司教、大主教の所在地になっている。スコットランド式ゴシック建築の一例であり、スコットランド宗教改革を生き延びた数少ない中世スコットランド聖堂の1つである(スコットランド本土では唯一)。

1502年12月10日、スコットランド王ジェームズ4世は大聖堂の祭壇で永遠平和条約英語版を批准した[2]。また1544年英語版1560年英語版におこったグラスゴーの戦いにも影響している[3]。宗教改革から20年後の1581年4月22日、ジェームズ6世は土地の一部からの収入を聖堂の維持費としてグラスゴー市に支払った。ジェームズ6世はこれらの土地の所有権をグラスゴー大司教ギャヴィン・ダンバー英語版が聖堂を修復したときの残金までたどった[4]。グラスゴー市議会は1583年2月27日に聖堂を修復する責任を認めることを決議したが、義務ではないとも記録した[5]。この決議により聖堂は宗教改革を生き残り、聖堂内にある内陣仕切り英語版はスコットランドの聖堂において現代まで残った数少ないものの1つである。

聖堂に埋葬された者

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ギャラリー

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脚注

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  1. ^ History”. Glasgow Cathedral (2010年). 2017年2月27日閲覧。
  2. ^ Bain, Joseph, ed., Calendar of Documents relating to Scotland, 1357–1509, vol. 4, HM Register House, Edinburgh (1888), p. 339, nos. 1690–2.
  3. ^ Dickinson, Gladys, ed., Two Missions of de la Brosse, SHS (1942), pp. 81, 85–87.
  4. ^ Register of the Privy Council of Scotland, vol. 8, HMSO (1982), 38–39, no. 232.
  5. ^ Extracts from the Burgh Records of Glasgow, (1876), 100.

外部リンク

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