クレール・ティスール
クレール・ティスール (仏:Clair Tisseur、1827年1月27日 - 1895年9月30日) はフランスの建築家、歴史家、詩人。教会建築を手掛けるほか、生地のリヨンの歴史研究家として多数の著書を残した。筆名としてニジェ・デュ・ピュスペル (Nizier du Puitspelu)[1]、キャトリン・ビュニャール(Catherin Bugnard)などを用いた。
撮影者不明(1895年以前) | |
人物情報 | |
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別名 | Nizier du Puitspelu |
生誕 |
Barthélémi-Clair Tisseur 1827年1月28日 フランス王国・リヨン |
死没 |
1895年9月30日(68歳没) フランス共和国・ニヨン |
居住 | フランス・リヨン |
国籍 | フランス |
出身校 | リヨン国立高等美術学校 |
学問 | |
活動地域 | リヨン |
研究分野 | 建築 歴史学 言語学 詩 |
研究機関 | グルギヨン・ピエール・プランテ・アカデミー |
特筆すべき概念 | リヨンの文化伝承 |
主な業績 |
教会建築 リヨンの歴史研究 |
主要な作品 |
善き羊飼いの教会 グランコート辞典 |
学会 | リヨン科学アカデミー |
経歴
編集リヨンのグルネット通りで生まれる[2]。ティスールは6人兄弟の末子だった[3]。1857年1月10日、彼は30歳を前にしてリヨン建築学会の会員に選ばれる。1879年にはリヨンの伝統保存を目的とするグルギヨン・ピエール・プランテ・アカデミーを創設し[4]、1886年にはリヨン科学芸術アカデミーの会員となった[5]。クレール・ティスールは1895年にニヨンで没した。彼は建築家およびリヨン史家としてユニークな業績を残した。
おもな建築作品
編集クレール・ティスールは、リヨンのいくつかの教会と2区にある市庁舎の設計を手がけている[6]。
- サン=ブリニェ教会(Église Saint-Clair de Brignais, ブリニェ)1859-62年建築
- サン=ジャン・シャベイユ教会(Église Saint-Jean de Chabeuil, シャベイユ(ドローム県)1862年建築
- サン=クロード・タサン教会(タサン=ラ=デミ=リュヌ[7], ローヌ県)1866-68年建築
- サン=マルタン・ドーリェナス教会(オーリェナス、鐘楼はジョゼフ=エティエンヌ・マラヴァルの作。)
- サン=ブランディーヌ教会(リヨン2区[8] (尖塔部分はマラヴァルの作)1863-69年
- 善き羊飼いの教会1875-83年
- サン=ローラン・ダニー教会 (ローヌ県)年代不明
- サン=フェレオール=ディオロール教会 サン=フェレオール=ディオロール (オート=ロワール県),
- レピュブリック通りに建ついくつかの住居
著書
編集ティスールは終生故郷のリヨンに情熱を傾け、リヨンの街の歴史、文化、言語の研究に勤しみ、多くの新聞記事やユーモアのある著書を著している。代表的なものには、1879年の「リヨンの古き佳きもの」(Les Vieilleries lyonnaise)[9]、学術的な分野では建築関連の本のほか、地元のアルピタン語研究の成果として、1885年にリヨンの音韻に関する論文を発表し[10]、1894年には著名なグランコート辞典を出版している。これはリヨンの方言についての辞書で、今では使われなくなった表現やユニークな逸話が載っており[6]、100年以上経った現在でも版を重ねるロングセラーとなっている[11]。ほかにも以下のような著書がある。
- Joseph Pagnon, lettres et fragments『ジョゼフ・パニョン、手紙とフラグメント』
- Le Testament d'un Lyonnais au s-|XVII|e『17世紀のリヨンの遺言』
- Marie Lucrèce ou le grand couvent de la Monnoie『マリー・ルクレスまたはモンソワの大修道院』
- Histoire d'André『アンドレの物語』※小説
- Lettres de Valère『ヴァレールの手紙』
- Benoît Poncet et sa part dans les grands travaux publics de Lyon『ブノワ・ポンセとリヨンのおもな公共事業における役割』
- Un Noël satirique en patois lyonnais『リヨンのパトワによる風刺的なクリスマス』 (1882年[12])
- Des verbes dans notre bon patois lyonnais『わたくしたちの佳きリヨンのパトワ動詞』
- Les Oisivetés du sieur du Puitspelu, Lyonnais『お暇なリヨンのピュスペル領主』
- Très humble traité de phonétique lyonnaise『リヨンの音韻学に関する非常に質素な論文』
- Sur quelques particularités curieuses du patois lyonnais『リヨンのパトワの風変わりな特性について』
- Poésies de Jean Tisseur『ジャン・ティスール詩集』
- Vieilles choses et vieux mots lyonnais『リヨンの古き物と古き言葉』
- Les Histoires de Puitspelu, Lyonnais『リヨンのピュスペルの物語』
- Fragments en patois du Lyonnais『リヨンのパトワのフラグメント』
- Pauca Paucis[13]『パウカ・パウチス』※詩集。ラテン語で”いくつか”の意味、1894年
- Dictionnaire étymologique du patois lyonnais 『リヨン・パトワ語源辞典』[14]1890年
- Un conte en patois lyonnais du commencement du siècle『世紀初頭のリヨン・パトワの物語』
- Modestes observations sur l'art de versifier 『芸術についてのささやかな観察』[15]1893年
- Au hasard de la pensée『ふと思いついて』※回想録
- Biographie d'Antoine Chenavard, architecte『建築家アントワーヌ・シュナーヴァルの伝記』※リヨン科学アカデミーの受賞スピーチ
- Biographie de Morel de Voleine『モレル・ド・ヴォレーヌ[16]の伝記』※Clément Durafor名義による
- Les Coupons d'un atelier lyonnais『リヨン工房の優待券』※没後出版
ギャラリー
編集-
サン=クロード・タサン教会
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サン=ブランディーヌ教会
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サン=ローラン・ダニー教会
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サン=フェレオール=ディオロール教会
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『グランコート辞典』扉絵(1903年刷)
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ティスールがデザインしたキャナ・ド・シジ家の墓碑。≪Clair Tisseur Architecte≫(クレール・ティスール 建築家)の碑文が刻まれている。
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ティスール家の墓碑(サン=フォワ=レ=リヨン墓地)
脚注
編集- ^ Jean-Baptiste Martin, « Paroisse du Bon-Pasteur », dans Jean-Baptiste Martin, Histoire des églises et chapelles de Lyon, Lyon, H. Lardanchet, p. 174.
- ^ Archives municipales de Lyon, « Baptêmes puis naissances », dans Registres paroissiaux, Lyon (lire en ligne), 2E236 acte 472
- ^ Vachez 1895, p. 1.
- ^ Collectif, Almanach des amis de Guignol : 1922, Lyon, éd. audin imprimerie, 172 p., p. 47.
- ^ [[#CITEREF|]], p. 1270.
- ^ a b [[#CITEREF|]], p. 1271.
- ^ Église Saint-Claude.
- ^ ministère de la Culture et de la Communication, ed., Église paroissiale Sainte-Blandine.
- ^ “Les vieilleries lyonnaises de Nizier du Puitspelu” (フランス語). 24/09/2021閲覧。.
- ^ “Très humble traité de phonétique lyonnaise” (フランス語). 24/09/2021閲覧。.
- ^ "Tout sur la langue des gones," Lyon Capitale, N° 399, October 30, 2002
- ^ “Un Noël satirique en patois lyonnais” (フランス語). 24/09/2021閲覧。.
- ^ “Pauca Paucis” (フランス語). 24/09/2021閲覧。.
- ^ “Dictionnaire étymologique du patois lyonnais” (フランス語). 24/09/2021閲覧。.
- ^ “Modestes observations sur l'art de versifier” (フランス語). 24/09/2021閲覧。.
- ^ WIKIDATA Q24662803
参考文献
編集- Louis David および Dominique Saint-Pierre (dir.), « Tisseur, Clair », dans Dictionnaire historique des Académiciens de Lyon : 1700-2016, Lyon, éd. ASBLA de Lyon, (ISBN 978-2-9559-4330-4, présentation en ligne), p. 1269-1271
- Antoine Vachez, Clair Tisseur : notice nécrologique, Lyon, Imprimerie Mougin-Rusand, , 9 p.
外部リンク
編集- クレール・ティスール(1862年)フレデリック・モランの哲学辞典について 16ページ(フランス語)
- クレール・ティスール(1867年)「アンドレの歴史」 202ページ(フランス語)