クリュメノス
クリュメノス(古希: Κλύμενος, Klymenos, 英: Clymenus, 「名高き者」の意)は、ギリシア神話の神あるいは人物である。主に、
のほか数名が知られている。以下に説明する。
ハーデースの異名
編集このクリュメノスは、冥府の神ハーデースの異名である。特にアルゴリス地方のヘルミオネー市で用いられた。同市のプローン山上のデーメーテール・クトニアーの神域に、デーメーテール神殿と向き合う形でクリュメノス神の神殿があった[1]。
ヘーリオスの子
編集このクリュメノスは、太陽神ヘーリオスの子で、オーケアニスの1人メロペーとの間にパエトーンをもうけた[2]。通常はパエトーンの父はヘーリオス[3][4][5][6][7]あるいはアポローンとされる[8]。
ポローネウスの子
編集このクリュメノスは、アルゴスの神話的な王ポローネウスの子で、クトニアーと兄弟。ヘルミオネー市の伝承によると、プローン山のデーメーテール・クトニアーの神域はクリュメノスとクトニアーによって創建された。一方でアルゴスの伝承によると、創建者はコロンタースの娘クトニアーであるという[9]。
カルデュスの子
編集このクリュメノスは、エーリス地方の都市オリュムピアーの神話的な王である。クレーテー島のイーダー山のヘーラクレース(ゼウスとアルクメーネーの子とは別)の子孫にあたるカルデュスの子。
もともとはクレーテー島の都市キュドーニアーに住んでいたが、デウカリオーンの大洪水の50年後にオリュムピアーにやって来て、最初の古代オリンピックを開催した。また祖先のヘーラクレースをはじめとするクーレースたちの祭壇を築き、ヘーラクレース・パラスタテース(手助けするヘーラクレース)の異名を定めたほか[10]、犠牲の灰で作ったヘーラー・オリュムピアー(オリュムピアーに坐すヘーラー)の祭壇を奉納した[11]。プリクサではアテーナー・キュドーニアー(キュドーニアーに坐すアテーナー)の神域を造営した[12]。
オイネウスの子
編集このクリュメノスは、アイトーリア地方の都市カリュドーンの王オイネウスとアルタイアーの子で、トクセウス、テュレウス、ゴルゲーと兄弟[13]。異父兄弟にメレアグロス[14]、デーイアネイラがいる[13]。アントーニーヌス・リーベラーリスによると、メレアグロス、ペーレウス、アゲレーオス、トクセウス、ペリパース、ゴルゲー、エウリュメーデー、デーイアネイラ、メラニッペーと兄弟[15]。
カリュドーンの猪狩りの後、メレアグロスは討ち取った猪をめぐって母アルタイアーの叔父たちと争いとなり、彼らを殺害した。この出来事がきっかけとなり、プレウローンのクレーテース人との間に戦争が起きた。この戦いはメレアグロスの活躍によりカリュドーンの勝利に終わったが、クリュメノスを含むオイネウスの息子たちは討ち死にし、メレアグロスもまたアルタイアーによって運命の燃え木を燃やされたために死んだ[15]。
プレスボーンの子
編集このクリュメノスは、ボイオーティア地方の都市オルコメノスの王である。プリクソスの子プレスボーンの子で[16][17]、エルギーノス[16][18]、ストラティオス、アローン、ヒュレオス、アゼウス[16]、ネストールの妻エウリュディケー[19]、アクシアの父[20]。
パウサニアースによると、ミニュアース王の子オルコメノスに後継者がなかったため、クリュメノスがオルコメノスの王位を継承したが、些細なことでテーバイ人の怒りを買って殺された[16]。
アポロドーロスによると、クリュメノスはオンケーストスのポセイドーンの神域で、テーバイのメノイケウスの御者ペリエーレースに石を投げられて傷を負い、その傷が原因で命を落とした。オルコメノスに運び込まれた王は死ぬ直前に息子のエルギーノスに王位を譲り、テーバイに復讐することを命じた。エルギーノスはクリュメノスの遺言にしたがってテーバイと戦争してこれに勝利し、賠償として20年もの間、オルコメノスに100頭の牝牛を納めることを命じた[17]。
スコイネウスの子
編集このクリュメノスは、ヒュギーヌスによるとアルカディア地方の王スコイネウスの子である。娘ハルパリュケーの父[21][22][23][24]。クリュメノスは父の後を継いで王となったが[24]、自らの娘であるにもかかわらずハルパリュケーと関係を持った[21][23][25]。しかしハルパリュケーは父の子を生むと、宴の際にこの赤子を殺し[21][22][23]、その肉を父の料理に混ぜた。クリュメノスはそのことを知るとハルパリュケーを殺した[21][22]。その後、クリュメノスはハルパリュケーと関係を持ったために自殺した[24]。
一方、ニカイアのパルテニオスによると、クリュメノスはアルゴス王テーレウスの子であり、エピカステーとの間に、イーダース、テラゲール、ハルパリュケーをもうけた。物語の筋はヒュギーヌスとほぼ同じであるが、パルテニオスのほうがより詳しいほか相違点がある。クリュメノスは一度はハルパリュケーをネーレウスの子アラストールと結婚させたが、後を追いかけてハルパリュケーを奪ったのちは、公然と自分の妻とした。しかしハルパリュケーは宴の際に弟たちを殺して父の食卓に出し、報復が完遂されると、神々に助けを求めて鳥に変えられた。クリュメノスは自殺したという[26]。
その他の人物
編集脚注
編集- ^ パウサニアース、2巻35・9。
- ^ ヒュギーヌス、154話。
- ^ エウリーピデース断片773(クレルモン写本)。
- ^ エウリーピデース断片781(クレルモン写本)。
- ^ パウサニアース、1巻4・1。
- ^ パウサニアース、2巻3・2。
- ^ ヒュギーヌス、152A。
- ^ オウィディウス『変身物語』1巻。
- ^ パウサニアース、2巻35・4。
- ^ a b パウサニアース、5巻8・1。
- ^ パウサニアース、5巻14・8。
- ^ パウサニアース、6巻21・6。
- ^ a b アポロドーロス、1巻8・1。
- ^ アポロドーロス、1巻8・2。
- ^ a b アントーニーヌス・リーベラーリス、2話。
- ^ a b c d パウサニアース、9巻37・2。
- ^ a b アポロドーロス、2巻4・11。
- ^ パウサニアース、9巻17・2。
- ^ 『オデュッセイアー』3巻452行。
- ^ ビューザンティオンのステパノス「Axia」の項。
- ^ a b c d ヒュギーヌス、206話
- ^ a b c ヒュギーヌス、238話。
- ^ a b c ヒュギーヌス、239話。
- ^ a b c ヒュギーヌス、242話。
- ^ ヒュギーヌス、253話。
- ^ “パルテニオス、13話”. ToposText. 2022年6月21日閲覧。
- ^ ノンノス『ディオニューソス譚』12巻72行-75行。
- ^ オウィディウス『変身物語』5巻98行。
- ^ ウァレリウス・フラックス『アルゴナウタイ』1巻369行。
- ^ アポロドーロス、摘要(E)7・27。
参考文献
編集- アポロドーロス『ギリシア神話』高津春繁訳、岩波文庫(1953年)
- アントーニーヌス・リーベラーリス『ギリシア変身物語集』安村典子訳、講談社文芸文庫(2006年)
- オウィディウス『変身物語(上)』中村善也訳、岩波文庫(1981年)
- 『オデュッセイア / アルゴナウティカ』松平千秋・岡道男訳、講談社(1982年)
- 『ギリシア悲劇全集12 エウリーピデース断片』「パエトーン」伊藤照夫訳、岩波書店(1993年)
- パウサニアス『ギリシア記』飯尾都人訳、龍溪書舎(1991年)
- ヒュギーヌス『ギリシャ神話集』松田治・青山照男訳、講談社学術文庫(2005年)
- ホメロス『オデュッセイア(上)』松平千秋訳、岩波文庫(1994年)
- 高津春繁『ギリシア・ローマ神話辞典』岩波書店(1960年)