キリスト教と同性愛
キリスト教と同性愛(キリストきょうとどうせいあい、英語: christianity and homosexuality)についての見解は、教派、また教役者、聖職者等個々人によって大きく異なり、罪とする立場から積極的に受容する立場まで幅広い。
新約聖書のパウロ書簡では、「偶像崇拝や婚前性交渉、魔術や占いをする者と共に『男色する者』は神の国を相続しない」と第一コリント6章9-10節にある。これに対し、同性愛を受容する人々は、イエスは特には言及していないことを受容論の根拠とする例がある。否定論を唱える人々は、旧約聖書、新約聖書の一貫性や聖書無謬論に立つ。
概要
編集キリスト教の影響を受けた欧米諸国では伝統的に、同性愛は聖書において指弾される性的逸脱であり、宗教上の罪(sin)とされてきた[1][2][3]。
一方、近年の欧米諸国においては、「同性愛も異性愛と同様に生まれつきの性的指向であり、不当な扱いをされるべきではない」との認識が広まっている[注釈 1][4][注釈 2][注釈 3]。ただ、欧米諸国においても同性愛に対して、宗教的観点、道徳、倫理を主張する立場から問題とする意見も有力である[5][注釈 4]。
同性愛の容認傾向が広まっている現状に対する積極的肯定と非難、およびその間に位置づけられる様々な見解がキリスト教の中にある。旧約聖書では創造神ヤハウェは、「男と女が結ばれるべきだ」と命令している。
古代宗教史や聖書学などの新しい研究成果を用いて聖書のメッセージを読み取ろうとする聖職者・研究者らは、現代的な意味での同性愛(者)について聖書は何も語っておらず、そこからは性的指向が自然に同性に向く同性愛者についての特別な指針は読み取れないとすることが多い[注釈 5][6]。
聖書を字義通りに受け取ることを重視する教役者・聖職者等は、同性愛結婚を恋愛感情や成人の欲求による結婚文化の弱体化と腐敗とした。2009年には、アメリカ合衆国・マンハッタンで、福音派教会、正教会、カトリック教会の指導者は、共同声明マンハッタン宣言を発表した。結婚は「生命の創出と繁栄と保護」と「一組の男女間で結ばれる契約」であり、健康、教育、富を維持する制度であることから、同性愛間の結婚の反対を宣言している[7][8]。
同性愛者の人権は尊重するが同性愛行為は罪であり認められないとする立場もある[9]。カトリック教会もカテキズムにあらわされた公式の教えとしては「同性愛行為に及べば宗教上の罪となるが同性愛の欲求を持っているというだけでは罪ではなく、むしろ尊重されるべき」という立場である。同性愛とカトリックを参照。就任後の教皇フランシスコも同趣旨の発言を行っている[10]。
同性愛者の人権を容認するかしないかといった二者択一的な見解ばかりがある訳ではなく、教会として同性愛を宗教上の罪(sin)とみなしこれに反対するものの、同性愛者に対する迫害・差別については認めないとするモスクワ総主教キリル1世のような見解もある[11]。
南アフリカ共和国聖公会の元大主教デズモンド・ムピロ・ツツ(Desmond Mpilo Tutu, 1931年10月7日 - )は、アムネスティ・インターナショナル英国の出版した『Sex, Love & Homophobia(性と愛とホモフォビア)』に序文を寄せ、「ホモフォビアは人間性に対する罪であり、アパルトヘイト政策と同じく、いかなる意味においても正当化されえない。」「黒人は本人にはいかんともしようのない肌の色によって追い責められたが、性的指向によって差別される人々も同じ目にあっている。」と記している[12][注釈 6]。
同性愛者によって設立され、同性愛者ほかの性的少数者を積極的に受け入れる教会として、アメリカに、メトロポリタン・コミュニティ教会がある。
日本では同性愛者であることをカムアウトしたうえで日本基督教団で正式に按手を受けた牧師として堀江有里牧師、平良愛香牧師、中村吉基牧師、池田季美枝牧師らがおり、平良愛香が代表を務めるエキュメニカルな性的少数者キリスト者グループであるキリストの風集会は、1995年より東京都内で月一回の定例礼拝を守っている。中村吉基牧師が代表をつとめる新宿コミュニティー伝道所は、「さまざまな性指向を持つ人びと」による礼拝を毎週行なっている[13][14]。池田季美枝牧師は、2007年より市川東教会(旧・冨貴島教会)の主任牧師として、「女性や男性――さまざまな性指向・性自認を持つ人びと、子どもや高齢者、教会に来るのが初めての人、神の子イエスによる魂の癒しを求め教会を訪れるすべての人に開かれた教会」としての宣教・礼拝を行っている。また、日本基督教団所属の富田正樹牧師は、自分自身は同性愛者では無いが、聖書の中の同性愛に関する記述を吟味した結果として同性愛を容認するという立場を公にしている[15]。
日本聖公会では、聖公会中部教区宣教部性的少数者プロジェクトとして「性的少数者とともに捧げる聖餐式」[16]を執行しており、性同一性障害の女性司祭であるアンブロージア後藤香織司祭がその任にあたっている。
教会分裂の顕在化
編集こうした見解の差異は正教会、カトリック教会といった教会内にはほとんど存在しないが、同性愛に対する見解の大きな差異を内部に抱えた教派(聖公会、プロテスタントのうちの幾つかの派)においては、教会組織の大規模な分裂が起きているか、もしくは起きつつある。
特に保守派とリベラル派の見解の差が著しい聖公会(アングリカン・コミュニオン)において分裂傾向は深刻である。米国聖公会では、同性結婚の祝福、公然同性愛者の主教按手といった強いリベラル寄りの姿勢を示す同教会に対して「伝統から外れた」と反発する保守派が多数離脱、北米聖公会が樹立された[17][18]。こうした聖公会の分裂は北米に限らない。カンタベリー大主教ローワン・ウィリアムズと、ローマ教皇ベネディクト16世はバチカンで2009年11月29日に急遽会談したが、これはカトリック教会が同年10月20日に、同性愛者の按手および結婚祝福、女性聖職に対して「不快感を持つ人を受け入れる」使徒憲章を公布すると発表した事に、ウィリアムズ大主教が即座に反応したもの。大主教側と教皇側の双方がこの会談を「友好的」であり「エキュメニズムの前進の確認」であるとしたが、共同声明は行われなかった。ブルーノ・バルトローニによれば、双方がエキュメニズムが失敗した事を認め、カトリック教会は女性司教・司祭の問題において妥協しないことが明らかになったとされる。英国国教会の所属教会のうち、450の教会が英国国教会を離脱してカトリック教会に移る事を検討中であると伝えられている[19]。
アメリカ福音ルター派教会でも同性愛に対する認識を巡り、分裂が顕在化している[20][21]。
2009年11月20日に、アメリカ合衆国の福音派、カトリック教会、北米聖公会、正教会といった、教派を超えた指導者152名(発表前日時点)が署名したマンハッタン宣言が発表された。この宣言は同性結婚、人工妊娠中絶への反対をうたっている。
「キリスト教世界三大異端」と呼ばれる末日聖徒イエス・キリスト教会(モルモン教)[22][23]、エホバの証人[24]、世界平和統一家庭連合(旧:統一教会)[25]といった宗派ではいずれも同性愛を認めていない。
脚注
編集注釈
編集- ^ 日本の状況は以下の司法見解に見ることができる。1994年(平成6年)3月30日、東京地方裁判所は、同性愛と異性愛を並立して同等に定義したうえで、「同性愛を異常視する従来の傾向の見直しが行われている状況にある」とした。(判例時報1509号)参考;http://www.ne.jp/asahi/law/suwanomori/fuchu_sub_2.html
- ^ 男性同性愛者であることを公開した政治家としては、パリ市長2期目を務め次期大統領候補を目指すと目されている[1]ベルトラン・ドラノエ、ベルリン市長3期目を務めているクラウス・ヴォーヴェライトなどが挙げられる
- ^ 2014年2月にロシア・ソチで開催された冬季五輪では反同性愛法を制定した同国の人権政策への抗議のため出席を見送る欧米首脳が相次いだ。アメリカ合衆国バラク・オバマ大統領夫妻、イギリスのデーヴィッド・キャメロン首相、フランスのフランソワ・オランド大統領およびファビウス外相、ドイツのヨアヒム・ガウク大統領、ポーランドのブロニスワフ・コモロフスキ大統領およびドナルド・トゥスク首相、リトアニアのダリア・グリバウスカイテ大統領らが2013年12月の段階で出席見送りを明らかにした。米国はさらに同性愛者を公言する元テニス選手、ビリー・ジーン・キングを米政府代表団に加え、抗議の意図を明確にしている。参照;http://sportsspecial.mainichi.jp/news/20131219k0000m030039000c.html
- ^ 一口に欧米諸国と言っても同性愛の理解については地域差が大きい。特に個人主義的な価値観の強いフランス、ドイツ、ベルギー、オランダでは、同性愛を含む性のあり方で人を評価する風潮はほとんど見られない。
- ^ 日本基督教団正教師の富田正樹牧師が主催するインターネット仮想教会にこの立場からの詳細な考察がある。;http://homepage2.nifty.com/room30th/gesewa/c_homosexual.html
- ^ 南アフリカ共和国憲法第2章9条3項は、人種、民族、信仰などと同様に性的指向による直接的間接的差別を禁じている。Constitution of the Republic of South Africa, 1996
出典
編集- ^ “Abrahamic Religions”. William A. Percy. 2008年5月16日閲覧。
- ^ “Human Sexuality”. The United Methodist Church. 2008年5月16日閲覧。
- ^ "Catechism of the Catholic Church"
- ^ 東京都青年の家事件 『同性愛と異性愛』(風間孝・河口和也、岩波書店、2010年)41-71頁
- ^ 米首都で初の同性婚、厳戒態勢のなか3組が挙式 - 同性婚が州最高裁で認められる一方で、反対派が同性婚を認めるかどうかの住民投票を要求したが却下されたこと、同性婚式場に厳戒態勢がとられたことに、根強い同性愛否認派が米ワシントンD.C.に存在することが示されている。
- ^ 『虹は私たちの間に―性と生の正義に向けて』(山口里子著、新教出版社、2008年)
- ^ “米キリスト教指導者. 同性婚反対で共同宣言。”. CRISTIAN TODAY (2009年11月23日). 2016年6月20日閲覧。
- ^ “MANHATTAN DECLARATION”. (2012年12月14日). 2016年6月20日閲覧。
- ^ 同性愛についての資料と牧会上の指針~5.聖書教理編~ 3‐(4)その人権について小さないのちを守る会 *現在は同性愛に関する意見の表明を取り下げている。
- ^ “法王はフェリーニがお好き 「教義に固執」戒め”. 共同 (2013年9月20日). 2013年10月14日閲覧。
- ^ ロシア正教会最高指導者、同性愛に一部寛容姿勢示す (クリスチャントゥデイ、2009年12月28日)
- ^ Desmond Tutu: "Homophobia equals apartheid(ホモフォビアはアパルトヘイトと同じ)"
- ^ “東洋経済ONLINE 性的マイノリティと共に生きる、新宿の牧師”. 2015年7月12日閲覧。
- ^ “日本キリスト教団 新宿コミュニティー教会 教会のご案内”. 2015年7月12日閲覧。
- ^ キリスト教では同性愛はいけないんですよね?
- ^ "性的少数者とともに捧げる聖餐式"
- ^ Sign up to The Irish Times Archive (1859 - 2008) Fri 12 Dec 2008 Irishtimes.com
- ^ Episcopal split hits new level December 04, 2008 ロサンゼルス・タイムズ
- ^ カンタベリー大主教、教皇と20分間会見 エキュメニズムは失敗?2009年12月5日 キリスト新聞社
- ^ 同性愛者聖職巡り米ルーテル派内の論議激化 2007年08月27日 クリスチャントゥデイ
- ^ 米福音ルーテル教会 「同性愛」めぐり対立が決定的 2009年12月5日 キリスト新聞社
- ^ 同性愛について教会はどのような立場を執っていますか。-モルモン教公式サイト - ウェイバックマシン(2010年8月9日アーカイブ分)
- ^ “Same-Gender Attraction - LDS Church Perspective on Chastity”. 2015年9月9日閲覧。 “The Church’s doctrinal position is clear: Sexual activity should only occur between a man and a woman who are married.”
- ^ “同性に引かれるのですが,同性愛者なのでしょうか-エホバの証人公式サイト”. 2015年9月9日閲覧。 “いわゆる同性結婚を唱導し,擁護し,また実際にその趣旨に従って生活するようになれば,わたしたちとしてはそれを見過ごしにしておくわけにはいきません。”
- ^ 「洗脳」「マインドコントロール」の虚構を暴く
関連項目
編集参考文献
編集- 『「レズビアン」という生き方 キリスト教の異性愛主義を問う』堀江有里著 新教出版社 2006年
- 『オトコが女になるとき―性転換の幸せ』廣畑涙嘉著 講談社 2006年 ISBN 4062132702
- 『現代牧師烈伝―治癒と希望の物語』(新井登美子著、教文館、2006年) ISBN 4764264145
- 『虹は私たちの間に―性と生の正義に向けて』(山口里子著、新教出版社、2008年) ISBN 978-4-400-42706-3