ガッディのトルソ
フィレンツェのウフィツィ美術館の古典彫刻室に展示されている[1]大理石像ガッディのトルソ(Gaddi Torso)は高さが84.4cmの紀元前2世紀のヘレニズム彫刻である。
日本では主に素描のモデル用石膏として知られており、モデル用石膏としては多くの場合ファウンのトルソと呼ばれる[2]。これはかつて像がウフィツィ美術館の両性具有の間に設置されていたのだが19世紀末に同展示室はファウン(牧神)のトルソの間と呼ばれていたことに由来する[3]。
概要
編集そのダイナミックな緊張感[4]と非常に洗練された造形はペルガモン派の彫刻の中でも非常に優れている[5]。
この彫刻は、フィレンツェのガッディ・コレクション[3]に所蔵されていた当時はサテュロスの胴体[6]であると考えられていたが、現在では、縛られた体に抵抗するケンタウロスを表現していると考えられている。このテーマは、人間の卑しい本性を文明的に制御する象徴として、ヘレニズム美術で頻繁に表現されるモチーフである[7]。ジョヴァンニ・ディ・パスクアーレとファブリツィオ・パオルッチによれば、この胴体はローマで発見された可能性が高いという[8]。 16 世紀初頭にはフィレンツェの芸術家や彫刻家に知られており、当時この作品はすでにフィレンツェのガッディ家のコレクションに含まれていたことは疑いようがない。 この彫刻は、ボローニャの画家アミコ・アスペルティーニが1515年に描いた「羊飼いの礼拝」の台座の上に、打ち砕かれた古典異教文化の他の名残とともに引用されており、その絵画も現在ウフィツィ美術館に所蔵されている[9]。 ロッソ・フィオレンティーノの『死せるキリストの降架』(ボストン美術館蔵)は、ガッディのトルソの入念な研究から着想を得て制作された[9]。力強く伸びてねじれる筋肉は若きミケランジェロにとっても刺激となり、ガッディのトルソはミケランジェロのその後の作風を予見したものとなっている[9]。ガッディのトルソは、1778年にトスカーナ大公レオポルド1世に売却されるまで、全く手つかずの状態のままガッディ家の相続人のもとに残っていた[10]。
ジョルジョ・ヴァザーリによれば、ガッディのトルソの来歴の初期段階で[11]初期ルネサンスの偉大な彫刻家、フィレンツェのロレンツォ・ギベルティ[12]がコレクションしていた可能性がある。
彼は自身の業績は言うまでもなく、大理石や青銅など古代の遺物を家族に数多く遺した[13]。その中には、非常に珍しいポリュクレイトスのベッド[14]や、等身大の青銅の脚、男性と女性の頭部、いくつかの花瓶などがあったが、これらはロレンツォがギリシャから少なからぬ費用をかけて運ばせたものである。彼はまた、多くの像のトルソと、同様のものを大量に遺贈したが、それらはすべて散逸し、ロレンツォの財産と同様に、破壊され、浪費された。これらの古代遺物の一部は、当時「議会の聖職者(Cherico di Camera)」と呼ばれていたジョヴァンニ・ガッディ氏に売却された[15]。その中には、前述のポリュクレトゥスのベッドや、コレクションの大部分を占めるその他の品々もあった[16]。
バチカン美術館のベルヴェデーレのトルソと同様に、ガッディのトルソもまた他のほとんどの古代の断片的な彫刻と同じ運命をたどって、完成された全身像として修復されることはなかった[17]。
脚注
編集- ^ Inv. no. 555
- ^ “T-508 ファウンのトルソ”. 2024年9月14日閲覧。
- ^ a b As by en:Augustus Hare, Florence, ch. II Appendix: "The Uffizi Collection": in the Hall of the Hermaphrodite, as this gallery was then called: "315. Torso of a Faun".
- ^ ロードス島の大理石像群 ラオコーン像の中央人物と比較
- ^ Giovanni Di Pasquale and Fabrizio Paolucci, Uffizi: the ancient sculptures, 2001, p. 20f.
- ^ Denys Eyre Lankester, The Arundel Marbles (オックスフォード大学, アシュモレアン博物館) 1975, p. 9.
- ^ Compare the en:Furietti Centaurs; Jon Van de Grift, "Tears and Revel: The Allegory of the Berthouville Centaur Scyphi" American Journal of Archaeology 88.3 (July 1984:377-88) esp. pp. 383, gives several literary instances of this theme in the context of the Furietti centaurs, notably Poseidippus, who complains in a poem of the en:Palatine Anthology of the power of love that drives him alternately "to tears and revel", and Roman references to the paradoxical nature of watered and unwatered wine, which espouse temperance and en:moderation.
- ^ Di Pasquale and Paolucci, Uffizi: the ancient sculptures, 2001, p. 20f.
- ^ a b c Di Pasquale and Paolucci 2001.
- ^ Bober p. 318; Henry Edward Napier, Florentine History, From the Earliest Authentic Records to the Accession of Ferdinand the Third, Grand Duke of Tuscany (London, 1847) vol. VI, p. 154, ガッディの絵画と彫像のコレクションの中に、ローマの壮大な断片にほぼ匹敵する美しい「トルソ」があると指摘している (en:Ferdinand III, Grand Duke of Tuscanyを参照.)
- ^ Not to be confused with the torso of the famous but heavily restored Satyr in the Tribune of the Uffizi, already in the Medici collection in Florence by 1665 (Nicholas Penny and Francis Haskell, Taste and the Antique: the Lure of Classical Sculpture 1500-1900 1981, cat. no. 34 "Dancing Faun", pp 205-08).
- ^ en:Julius von Schlosser reconstructed the collection of antiquities owned by Ghiberti, "Über einigen Antiken Lorenzo Ghibertis", Jahrbuch der kunsthistorischen Sammlungen der des AH Kaiserhauses 14 (1903) pp 125-59, "Der Torso der Sammlung Gaddi" p. 150ff, revised and included in Schlosser, Leben und Meinungen des florentinischen Bildner Lorenzo Ghiberti (Basel, 1941) pp 134-40, noted by Bober.
- ^ ヴァザーリによれば、彼の息子はボナコルソ・ギベルティだったという。
- ^ Polycleitus intended; the Letto di Poycreto is discussed by Phyllis Pray Bober, "Polykles and Polykleitos in the Renaissance: the 'Letto di Polycreto' " in Warren G. Moon, ed. en:Polykleitos, the en:Doryphoros, and Tradition (University of Wisconsin Press) 1995, p. 317ff.
- ^ ヴァザーリ同様フィリス・ボバーは、ガッディが実のところ使徒会議所長だったと報告している(Bober 1995, p. 39)彼女は加えてガッディはローマのトラヤヌス浴場の近くにぶどう畑を持っていたとピッロ・リゴーリオの百科事典「Policleto」に記載があることを指摘した。もしガッディのトルソがギベルティの後継者から購入されていなかったとすると、ガッディ所有のぶどう畑から発掘された可能性がある。
- ^ "Among these were the torso of a Satyr, a work of the best period of Greece... The first of these torsi is in the Florentine gallery" (note by G. Masselli (Florence, 1832-38), in en:Mrs Jonathan Foster, tr. (Giorgio Vasari) Lives of the Most Eminent Painters, Sculptors and Architects, (London, 1850) s.v. "Lorenzo Ghiberti" p 384.
- ^ ニコラス・ペニーとフランシス・ハスケルの『Taste and the Antique: the Lure of Classical Sculpture 1500-1900』(1981年)の中で数多くの例が取り上げられている。例えば、ベルヴェデーレのトルソが当時の状態を保っているのは、ミケランジェロが復元を辞退し、トルソのままの状態を賞賛したためである (Penny and Haskell cat. no 80. Belvedere Torso, pp 311-14).