カワリミズカビは、コウマクノウキン門コウマクノウキン綱のの1つであるカワリミズカビ属学名: Allomyces)に属する菌類、またはその総称である。淡水に生育し、発達した菌糸をもつ腐生菌(植物遺体など生きていない有機物を利用する菌類)であるが、乾燥耐性が高い休眠胞子嚢を形成するため、干上がりやすい環境によく見られる。基本的に、単相染色体を1セットもつ)の配偶体複相(染色体を2セットもつ)の胞子体の間で世代交代を行う。

カワリミズカビ属
カワリミズカビ
分類
: 菌界 Fungi
: コウマクノウキン門 Blastocladiomycota
: コウマクノウキン綱 Blastocladiomycetes
: コウマクノウキン目 Blastocladiales
: コウマクノウキン科 Blastocladiaceae
: カワリミズカビ属 Allomyces
学名
Allomyces E.J.Butler, 1911[1]
タイプ種
Allomyces arbusculus E.J.Butler, 1911[1]
シノニム
  • Seprocladia Coker & F.A. Grant, 1922[1]
亜属[注 1]
  • ユウアロミケス亜属 Euallomyces
  • シストゲネス亜属 Cystogenes
  • ブラキアロミケス亜属 Brachyallomyces

特徴

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菌体は基本的に二叉分枝にさぶんしする菌糸からなり、菌糸は基本的に多核であるが、分岐部などに不完全な隔壁を形成する[2]。基部からは細い仮根が多数生じており、菌糸の先端や仮軸状の枝の先端には遊走子嚢、休眠胞子嚢、配偶子嚢などの生殖器官をつける[2][3]

1a. 先端に休眠胞子嚢をつけた菌糸
1b. 二叉分枝する菌糸と仮根からなる発生初期の菌体

生活環

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基本的に、単相(n世代)の配偶体複相(2n世代)の胞子体の間で世代交代を行う[2][4][5]。世代交代はコウマクノウキン門では他にも例があるが、他の菌類では知られていない。ふつう配偶体と胞子体はほぼ同形同大でいずれも二叉分岐する菌糸と仮根からなる(上記参照)。

 
2. カワリミズカビ属Allomyces)の生活環: この種では単相 (1n) の配偶体 (gametothallus) と複相 (2n) の胞子体 (sporothallus) はほぼ同形であり、二叉分枝する菌糸仮根 (rhizoids) からなる。配偶体は配偶子嚢 (gametangium) を形成、放出された雌雄の配偶子は合体 (anisogamy, P!)、核融合 (K!) して接合子 (zygote) となる(図ではヘテロタリック)。接合子から発達した胞子体は遊走子嚢を形成して体細胞分裂によって遊走子 (栄養胞子 mitospore) を形成、無性生殖を行う (asexual)。また胞子体は有色の休眠胞子嚢(下)を形成、この中で減数分裂 (M!, meiosis) を行い遊走子 (減数胞子 meiospore) を形成、これが配偶体になる。

配偶体は雌雄同体であり、枝の先端に雌雄の配偶子嚢を形成する。雌雄の配偶子嚢は上下に連続して形成され、によって雄性配偶子嚢が上に位置するもの(上生 epigynous)と、雄性配偶子嚢が下に位置するもの(下生 hypogynous)がある[2][5]。雄性配偶子嚢はカロテンを含み橙色を呈する[2]。雌雄とも配偶子嚢には乳頭状突起があり、ここが融解して多数の配偶子が放出される[2]。配偶子はいずれも後方1本鞭毛をもつが、雄性配偶子は小型で橙色、運動性が高く、雌性配偶子は大型で透明、運動性は低い[2]A. macrogynus では雄性配偶子の放出が雌性配偶子よりも15分から20分ほど遅れる雌性先熟であり、他個体由来の配偶子と接合する可能性を高めていると考えられている[要出典]

 
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3. シレニン

雌性配偶子嚢および雌性配偶子は、シレニン (sirenin) とよばれるセスキテルペンの1種を分泌する[6](図3)。シレニンは性フェロモンとして機能し、雄性配偶子はシレニンに対する走化性を示す[2][6]。雌性配偶子は運動能が低く、配偶子嚢から放出後もあまり移動しないため、シレニンの濃度勾配ができやすく、接合の機会の増大をもたらしていると考えられている。他方、雄性配偶子も、パリシン (parisin) とよばれる性フェロモンを分泌する[6]。雌雄の配偶子は接合し、接合子は雌雄の鞭毛を残したまま遊泳し(動接合子 planozygote)、着生して胞子体になる[2]。接合しなかった雌性配偶子は、再び配偶体となることがある[2]

胞子体は、枝の先端に遊走子嚢または休眠胞子嚢を形成する。遊走子嚢(栄養胞子嚢 mitosporangium)は無色薄壁であり、体細胞分裂 (mitosis) によって複相の遊走子 (栄養胞子 mitospore) を多数形成、放出し、これは再び胞子体になる(無性生殖)[2]。休眠胞子嚢(還元法子嚢)は多層の厚い細胞壁で覆われ、褐色を呈し、表面には突起や孔紋による装飾がある[2]。休眠胞子嚢は乾燥および高温耐性が高く、乾燥状態で30年間生存し、また60度で数時間処理した後も生存していた報告がある。休眠胞子嚢は減数分裂の途中の段階で休眠状態に入り、環境条件が好転すると外壁が裂開して内壁がふくれて開口し、単相の遊走子(還元胞子 meiospore)を放出、これが配偶体になる[2]

カワリミズカビ属の中には、生活環に多様性があることが知られている[2][5]。一部のでは、胞子体が形成した休眠胞子嚢が減数分裂によって2核のアメーバ細胞(ときに鞭毛をもつ)を多数の形成、放出し、これがそれぞれすぐに細胞壁を形成してシストとなる[2]。シストは短時間で発芽し、4個の配偶子を放出するが、この配偶子には大小の差がなく、同型配偶子である[2]。配偶子合体によって生じた接合子は、胞子体となる[2]。この生活環では、配偶体が縮小・単純化してシストになったものと考えられている。このような生活環をもつものはシストゲネス亜属として分類学的に分けることがある(下記参照)。

また一部のでは、休眠胞子嚢から生じた鞭毛細胞が、配偶体配偶子合体を経ることなく胞子体になる[2]減数分裂を経ずに複相の鞭毛細胞が形成されることによって、または減数分裂によって生じた鞭毛細胞がアポミクシスによって複相化することによって起こると考えられている[2]。異種間交雑によって生じた減数分裂がうまく出来ない個体群などに由来するとも考えられている[2]。このような生活環をもつものはブラキアロミケス亜属として分類学的に分けることがある(下記参照)。

鞭毛細胞

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カワリミズカビの鞭毛細胞(配偶子遊走子)は、いずれも細胞後端から後方へ伸びる1本の鞭毛をもつ。核の前方にはリボソームが密集した領域があり、2重膜で囲まれて核帽を形成している[4]。鞭毛基部側方にミトコンドリアが存在し、その外側にミクロボディーと脂質顆粒、扁平な小苞 (backing membrane) からなる複合体が存在する[4]。この複合体は光受容器であると考えられており、おそらく鞭毛細胞の走光性に関わっている[7]。カワリミズカビは、光受容タンパク質として微生物型ロドプシングアニル酸シクラーゼの融合タンパク質をもつ[7]

生態

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カワリミズカビは主に淡水環境に生育し、植物や動物遺体を分解吸収する腐生菌である。世界中に分布するが、特に熱帯域から亜熱帯域に多い[2][4][8]。カワリミズカビ属を含むコウマクノウキン門は乾燥に強い休眠胞子嚢を形成するため、乾燥しやすい環境に適していると考えられており、カワリミズカビ属は定期的に浸水・乾燥する場所からよく単離される[4][8]。例として水田や側溝、池の周囲の乾いた土、水たまりが乾燥した後の土、緩やかな川岸などから分離される[要出典]

グルコースマルトース、またはデンプンを唯一の炭素源としても生育可能である[4]。また無機窒素を利用可能であるが、有機硫黄が必要であることが報告されている[4]

系統と分類

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上位分類

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カワリミズカビ属は後方1本鞭毛をもつ鞭毛細胞を形成することから、21世紀初頭まではコウマクノウキン属 (Blastocladia) などと共にツボカビ綱コウマクノウキン目に分類されていた[2][9][10]。その後、分子系統学的研究から、コウマクノウキン目が他のツボカビ類とは系統的に異なることが示され、コウマクノウキン門として独立させることが提唱された[11]。コウマクノウキン門の中では、コウマクノウキン綱、コウマクノウキン目、コウマクノウキン科に分類されている[1][4][8][12]

下位分類

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カワリミズカビ属は、Butler (1911) によって、インドの河川から単離された Allomyces arbusculus をもとに記載された[13]。2022年現在、カワリミズカビ属には約12種が知られている[1](下表)。このうち日本からは、A. arbusculusA. javanicusA. macrogynusA. neomoniliformis が報告されている[14][3]

A. javanicusA. arbusuculus 及び A. macrogynus の雑種であると考えられている[2]A. anomalus についても雑種起源である可能性が指摘されている[2]。染色体数として、A. arbusuculus では 8、16、24、32 が、A. macrogynus では 14、28、56 が報告されており、頻繁な倍数化が起こっていることが示唆されている[2]

ただし分子系統学的研究から、いくつかの種(タイプ種の Allomyces arbusculus を含む)が非単系統であることが示されており(下図4)、カワリミズカビ属の種分類に関しては再検討が必要であると考えられている[15]

Clade 1

A. arbusculus (E)

A. moniliformis (C)

A. moniliformis (C)

A. neomoniliformis (C)

Clade 2

A. anomalus (B)

A. arbusculus (E)

A. arbusculus (E)

A. macrogynus (E)

A. arbusculus (E)

A. macrogynus (E)

A. javanicus (E)

A. anomalus (B)

A. anomalus (B)

A. javanicus (E)

A. arbusculus (E)

4. カワリミズカビ属のいくつかの株の系統[15]
(B) = ブラキアロミケス亜属、(C) = シストゲネス亜属、(E) = ユウアロミケス亜属

生活環に基づく分類

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上記のようにカワリミズカビ属の生活環には多様性が見られ、これに基づいて属内を3亜属またはに分類することが提唱されていた[16][4]

  • ユウアロミケス亜属 (Euallomyces, Eu-Allomyces)
    単相の配偶体と複相の胞子体はほぼ同型であり、同型世代交代を行う[2][4]
  • シストゲネス亜属 (Cystogenes)
    休眠胞子嚢は減数分裂によって多数のアメーバ状の細胞(ときに鞭毛をもつ)を生じ、これがシストとなり、同型配偶子を放出、接合子が胞子体となる(上記参照)。このシストが配偶体に相当すると考えられている[2][4]。分子系統学的研究からはシストゲネス亜属が単系統であることが示されている[15]
  • ブラキアロミケス亜属 (Brachyallomyces. Brachy-Allomyces)
    休眠胞子嚢から生じた鞭毛細胞は直接、胞子体になる。雑種形成によって生じた、減数分裂がうまく出来ない個体群に由来する可能性も示唆されている[2][4]。下記1種が知られるが、分子系統学的研究からは非単系統であることが示されている[15]

分子系統学的研究からは、シストゲネス亜属が単系統であるものの、ユウアロミケス亜属とブラキアロミケス亜属は非単系統群であることが示されており(上図4)、この亜属の分類は適当ではないと考えられている[4][15]

脚注

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注釈

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  1. ^ ただし生活環様式に基づくこの分類は適当ではないことが示されている(本文参照)。

出典

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  1. ^ a b c d e Allomyces”. MycoBank. 2022年9月10日閲覧。
  2. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t u v w x y z aa ab ジョン・ウェブスター 椿啓介、三浦宏一郎、山本昌木訳 (1985). “コウマクノウキン目”. ウェブスター菌類概論. 講談社. pp. 124–132. ISBN 978-4061396098 
  3. ^ a b 小林義雄 (1993). 日本産藻菌類図説. 鳥海書房. pp. 46–47. ISBN 978-4794702029 
  4. ^ a b c d e f g h i j k l m James, T. Y., Porter, T. M. & Martin, W. W. (2014). “Blastocladiomycota”. In McLaughlin, D. J. & Spatafora, J. W.. THE MYCOTA, volume 7A. Systematics and Evolution Part A. Springer. pp. 177-207. doi:10.1007/978-3-642-55318-9_3 
  5. ^ a b c Webster, J. & Weber, R. W. S. (2007). “Blastocladiales”. Introduction to Fungi 3rd Edition. Cambridge University Press. pp. 153–162. ISBN 978-0521014830 
  6. ^ a b c Moore, D., Robson, G. D. & Trinci, A. P. J. 堀越孝雄・清水公徳・白坂憲章・鈴木彰・田中千尋・服部力・山中高史訳 (2016). “コウマクノウキン門”. 現代菌類学大鑑. 共立出版. pp. 46–51. ISBN 978-4320057210 
  7. ^ a b Galindo, L. J., Milner, D. S., Gomes, S. L. & Richards, T. A. (2022). “A light-sensing system in the common ancestor of the fungi”. Current Biology 32 (14): 3146-3153. doi:10.1016/j.cub.2022.05.034. 
  8. ^ a b c Powell, M. J. (2017). “Blastocladiomycota”. In Archibald, J. M., Simpson, A. G. B. & Slamovits, C. H.. Handbook of the Protists. Springer. pp. 507-542. ISBN 978-3319281476 
  9. ^ 杉山純多, ed (2005). “分類表”. バイオディバーシティ・シリーズ (4) 菌類・細菌・ウイルスの多様性と系統. 裳華房. p. 398. ISBN 978-4785358273 
  10. ^ 井上浩, 岩槻邦男, 柏谷博之, 田村道夫, 堀田満, 三浦宏一郎 & 山岸高旺 (1983). “ツボカビ綱”. 植物系統分類の基礎. 北隆館. pp. 28–31 
  11. ^ James, T. Y., Letcher, P. M., Longcore, J. E., Mozley-Standridge, S. E., Porter, D., Powell, M. J., ... & Vilgalys, R. ('2006'). “A molecular phylogeny of the flagellated fungi (Chytridiomycota) and description of a new phylum (Blastocladiomycota)”. Mycologia 98 (6): 860-871. doi:10.1080/15572536.2006.11832616. 
  12. ^ 巌佐庸, 倉谷滋, 斎藤成也 & 塚谷裕一, ed (2013). “生物分類表”. 岩波 生物学辞典 第5版. 岩波書店. p. 1603. ISBN 978-4000803144 
  13. ^ Butler, E.J. (1911), “On Allomyces, a new aquatic fungus”, Annals of Botany 25 (4): pp. 1023-1036 
  14. ^ Indoh (1940), “Studies on Japanese aquatic fungi. II. The Blastocladiaceae”, Science Reports of the Tokyo Bunrika Daigaku 4: 237–384 
  15. ^ a b c d e Porter, T. M., Martin, W., James, T. Y., Longcore, J. E., Gleason, F. H., Adler, P. H., ... & Vilgalys, R. (2011). “Molecular phylogeny of the Blastocladiomycota (Fungi) based on nuclear ribosomal DNA”. Fungal Biology 115 (4-5): 381-392. doi:10.1016/j.funbio.2011.02.004. 
  16. ^ Emerson (1941). “An experimental study of the life cycles and taxonomy of Allomyces”. Lloydia 4: 77-144. 

関連文献

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  • Sparrow FK (1960), Aquatic Phycomycetes (2nd Revised ed.), pp. 669-678 
  • 小林義雄 (1993). 日本産藻菌類図説. 鳥海書房. ISBN 978-4794702029 
  • ジョン・ウェブスター 椿啓介、三浦宏一郎、山本昌木訳 (1985). “コウマクノウキン目”. ウェブスター菌類概論. 講談社. pp. 124–136. ISBN 978-4061396098 
  • Alexopoulos CJ, Mims CW, Blackwell M (1996), INTRODUCTORY MYCOLOGY (4th ed.), John Wiley & Sons,Inc., ISBN 0471522295 
  • James TY, Porter TM, Martin W (2014), “The Mycota VII Part A Blastcladiomycota”, in McLaughlin DJ, Spatafora JW, Systematics and Evolution (2nd ed.), Springer Berlin Heidelberg, pp. 177-207, doi:10.1007/978-3-642-55318-9_7, ISBN 978-3-642-55317-2 

外部リンク

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