ウラジーミル・メニショフ
ウラジーミル・ヴァレンチノヴィチ・メニショフ(Влади́мир Валенти́нович Меньшо́в、1939年9月17日 - 2021年7月5日[1])は、ロシアの映画監督・俳優。
ウラジーミル・ヴァレンチノヴィチ・メニショフ Влади́мир Валенти́нович Меньшо́в | |||||||||
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(2010年撮影、www.kremlin.ru) | |||||||||
生年月日 | 1939年9月17日 | ||||||||
没年月日 | 2021年7月5日(81歳没) | ||||||||
出生地 | ソビエト連邦 アゼルバイジャン・ソビエト社会主義共和国・バクー | ||||||||
死没地 | ロシア連邦・モスクワ | ||||||||
国籍 | ロシア | ||||||||
職業 | 映画監督・俳優 | ||||||||
ジャンル | 映画・テレビ | ||||||||
活動期間 | 1973年 - 2021年 | ||||||||
配偶者 | ヴェーラ・アレントワ(女優) | ||||||||
著名な家族 | ユリヤ・メニショワ(娘、女優) | ||||||||
主な作品 | |||||||||
『モスクワは涙を信じない』 | |||||||||
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来歴
編集アゼルバイジャン・ソビエト社会主義共和国のバクーに生まれ、全ロシア映画大学で映画を学んだ。監督をつとめた1979年の映画『モスクワは涙を信じない』は、アメリカ合衆国の第53回アカデミー賞で外国語映画賞を受賞した[2]。
フィルモグラフィ
編集- 『港の犬ドン』 - Солёный пёс (1973年、出演)
- 『モスクワは涙を信じない』 - Москва слезам не верит (1979年、監督)
- 『ゼロシティ』 - Город Зеро (1988年、出演)
- 『UFO少年アブドラジャン』 - Абдулладжан, или Посвящается Стивену Спилбергу (1991年、出演)
- 『レッド・モブ 地獄からの奪還』 - Чтобы выжить (1992年、出演)
- 『ナイト・ウォッチ/NOCHNOI DOZOR』 - Ночно́й Дозо́р (2004年、出演)
- 『デイ・ウォッチ』 - Дневно́й Дозо́р (2005年、出演)
- 『ステルスX』 - 07-й меняет курс (2007年、出演)
- 『アルマゲドン・コード』 - Код Апокалипсиса (2007年、出演)
- 『エターナル 奇蹟の出会い』 - Выкрутасы (2011年、出演)
- 『メビウス』 - Möbius (2013年、出演)
- 『エカテリーナ』 - (2014年、アレクセイ・ベストゥージェフ伯爵役で出演)
脚注
編集- ^ “ウラジーミル・メニショフ氏死去、81歳 映画「モスクワは涙を信じない」監督”. 時事ドットコムニュース (2021年7月6日). 2021年7月6日閲覧。 死因は新型コロナウイルス感染に伴う合併症。
- ^ “The 53rd Academy Awards (1981) Nominees and Winners”. Academy of Motion Picture Arts and Sciences. 2014年4月30日時点のオリジナルよりアーカイブ。2014年5月6日閲覧。