アーロ・オラヴィ・パヤリフィンランド語: Aaro Olavi Pajari)はフィンランド軍人。最終階級は少将。主に冬戦争継続戦争で戦い、マンネルハイム十字章を受賞している。

アーロ・オラヴィ・パヤリ
Aaro Olavi Pajari
生誕 1897年7月17日
ロシア帝国の旗 ロシア帝国
フィンランド大公国の旗 フィンランド大公国
アシッカラ英語版
死没 (1949-10-14) 1949年10月14日(52歳没)
 フィンランド
所属組織 フィンランドの旗フィンランド国防軍
軍歴 1917年1949年
最終階級 少将
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左からエーロ・キヴェラ英語版、アーロ・パヤリ、ユホ・ポッシフィンランド語版ヴィルホ・ラットー

フィンランド軍の中でも最も勇敢な軍人として知られる。戦略眼だけでなく、前線から指揮する態度が司令官としての地位を確固たる物にし、部下の献身と高いモチベーションを導き出した。特筆すべき業績にはトルヴァヤルヴィの戦いがあり、ここで当時中佐だったパヤリは第16連隊連隊長としてはるかに多数のソ連軍を後退させ、その後の攻撃でソ連部隊は壊滅した。パヤリは冬戦争と継続戦争、ラップランド戦争で大きな役割を果たし、小規模部隊の運用やゲリラ戦での成功から有名になった。1941年8月に1度、ラップランド戦争中の1944年10月16日に1度の2度マンネルヘイム十字章を受けている。

1944年10月21日、政治犯として収監されて、投獄中に暴行を受けたとされる。戦後は心臓の病に苦しみ、オストロボスニアへ向かう途中に心臓発作で亡くなった。