アレクサンドル・マルクンツォフ
アレクサンドル・マルクンツォフ(ロシア語: Александр Маркунцев[1]、1982年2月21日 - )は、ロシア出身の男性フィギュアスケート選手。パートナーは川口悠子など。
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生誕 |
1982年2月21日(43歳)![]() ![]() | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||
身長 | 181 cm | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||
選手情報 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||
パートナー | 川口悠子 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||
コーチ | タマラ・モスクビナ | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||
所属クラブ | 新松戸DOSC | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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経歴
編集ロシアのサンクトペテルブルクに生まれ、5歳のころにスケートを始めた。のちにヴァレンチーナ・ラズスカゾワとペアを結成し、1997-1998年シーズンのISUジュニアグランプリに初参戦し、JGPウクライナ記念に出場。ショートプログラムで3位につけていたものの、フリースケーティングを棄権した。翌1998-1999年シーズン、JGPサン・ジェルヴェに出場し4位に終わり、ペアは解散する。
1999年より川口悠子とペアを結成し、日本所属となった。2000-2001年シーズンから再びISUジュニアグランプリに参戦を果たし、JGPメキシコ杯で優勝。JGPファイナルでは3位、2001年世界ジュニア選手権では、日本ペア史上初の銀メダルを獲得した。また、同シーズンにはシニアクラスの2001年四大陸選手権と2001年世界選手権にも出場を果たした。
2001-2002年シーズンより本格的にシニアに参戦。第71回全日本選手権で2年連続の優勝を果たし、四大陸選手権ならびに世界選手権へも3年連続で出場を果たしたが、2003年5月にペアは解散。
主な戦績
編集- 戦績は全て川口悠子とのペア。
大会/年 | 1999-00 | 2000-01 | 2001-02 | 2002-03 |
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世界選手権 | 15 | 13 | 14 | |
四大陸選手権 | 8 | 9 | 7 | |
全日本選手権 | 1 | 1 | ||
GPスケートアメリカ | 6 | 5 | ||
GPエリック杯 | 6 | |||
GPNHK杯 | 棄権 | 5 | ||
世界Jr.選手権 | 2 | |||
全日本Jr.選手権 | 1 | |||
JGPファイナル | 3 | |||
JGPハルビン | 3 | |||
JGPメキシコ杯 | 1 |
主な競技会の詳細
編集2002-2003 シーズン | ||||
開催日 | 大会名 | SP | FS | 結果 |
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2003年3月24日-30日 | 2003年世界フィギュアスケート選手権(ワシントンD.C.) | 12 | 14 | 14 |
2003年2月10日-16日 | 2003年四大陸フィギュアスケート選手権(北京) | 6 | 7 | 7 |
2002年12月19日-22日 | 第71回全日本フィギュアスケート選手権(京都) | 1 | 1 | 1 |
2002年11月28日-12月1日 | ISUグランプリシリーズ NHK杯(京都) | 6 | 5 | 5 |
2002年10月23日-27日 | ISUグランプリシリーズ スケートアメリカ(スポケーン) | 5 | 5 | 5 |
2001-2002 シーズン | ||||
開催日 | 大会名 | SP | FS | 結果 |
2001年12月21日-23日 | 第70回全日本フィギュアスケート選手権(大阪) | 1 | 1 | 1 |