アブラハム・B・イェホシュア
イスラエルの作家 (1936 - 2022)
アブラハム・B・イェホシュア(Abraham Boolie Yehoshua, 1936年12月9日 - 2022年6月14日[1])は、イスラエルの小説家、エッセイスト、劇作家。現代ヘブライ文学を代表する作家である。ハイファ大学名誉教授[2]。
アブラハム・B・イェホシュア Abraham Boolie Yehoshua | |
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アブラハム・B・イェホシュア(2017) | |
誕生 |
1936年12月9日 イギリス委任統治領パレスチナ エルサレム |
死没 |
2022年6月14日 (85歳没) イスラエル テルアビブ |
職業 | 小説家、エッセイスト、劇作家 |
国籍 | イスラエル |
最終学歴 |
ヘブライ大学 ソルボンヌ大学 |
代表作 | 『エルサレムの秋』 |
主な受賞歴 | メディシス賞外国小説部門(2012) |
影響を受けたもの
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ウィキポータル 文学 |
来歴
編集イギリス委任統治時代のエルサレムで、中東歴史学者の父と、モロッコからの移民の母の間に、イスラエル第5世代スファラディとして生まれた[2]。
1954年〜1957年空挺部隊の軍務に就き、除隊後にヘブライ大学で文学と哲学を修める[2]。1963年に渡仏し、ユダヤ人学生の世界連合の事務局長を務めた。ソルボンヌ大学大学院修了後、1972年からハイファ大学で比較文学とヘブライ文学の教授を務める[2]。また、1977年ハーバード大学、1988年シカゴ大学、1992年からプリンストン大学客員教授。
1965〜1972年「Keshet」、1973年から「Siman Kria」、1987年から「テル・アビブ・レビュー」各々の共同編集者を務める。
ニューヨーク・タイムズによって「イスラエルのフォークナー」と評される[3]。現在28ヶ国で作品が翻訳されている。
受賞歴
編集- 1995年 イスラエル賞
- 2012年 メディシス賞 外国小説部門
- 2017年 ダン・デイヴィッド賞
日本語訳された作品
編集- 『エルサレムの秋』母袋夏生 訳、河出書房新社、Modern&Classic、2006年
主な著作
編集- 「老人の死」(1963年)
- 「森に向かって」(1968年)
- 「九つの物語」(1970年)
- 「三日と子供」(1970年)
- 「1970年夏の初め」(1971年)
- 「恋人」(1978年)
- 「遅れた離婚」(1982年)
- 「五つの季節」(1987年)
- 「Five Seasons」(1988年)
- 「マニ氏」(1990年)
- 「インドからの帰還」(1994年)
- 「千年紀末への旅」(1997年)
- 「人材責任者の使命」(2005年)
戯曲
編集- 「五月の夜」(1969年)
- 「The Isreali Babies」(1991年)
脚注
編集- ^ Ynet (2022年6月14日). “Abraham B. Yehoshua, prominent Israeli author dies” (英語). Ynetnews 2022年6月14日閲覧。
- ^ a b c d “アブラハム・B・イェホシュア氏講演会”. www.l.u-tokyo.ac.jp. 東京大学現代文芸論研究室. 2022年10月17日閲覧。
- ^ Extra strong
出典
編集- 「現代外国人名録2012」日外アソシエーツ