アバンギャルド (芸能プロダクション)

かつて日本の東京都品川区にあった芸能事務所

有限会社アバンギャルド(英文社名;Avantgardes Inc.)は、東京都品川区にかつて所在した日本芸能プロダクション

有限会社アバンギャルド
Avantgardes Inc.
種類 有限会社
本社所在地 日本の旗 日本
141-0031
東京都品川区西五反田4-9-4 ライオンズマンション不動前407
設立 1989年
業種 サービス業
法人番号 6013202000471 ウィキデータを編集
事業内容 芸能プロダクションの経営
雑誌、テレビ、映画、DVD等の企画、制作、販売
代表者 代表取締役社長 牧野昌哉
特記事項:2008年3月31日、芸能プロダクションの経営から完全撤退。
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現在の社名は、有限会社市エステートコーポレーション(所在地:東京都目黒区下目黒2-14-21)。

沿革

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設立に関する経緯と背景

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牧野昌哉が中心となり、1989年に設立。当時アーティストハウス・ピラミッドに勤務していたが[要出典]、自社のプロダクション業務と平行してアーティストハウス・ピラミッドの新人スカウト・開発を兼務した。後にアバンギャルドはピラミッドから独立した。一方、現在も書籍イベント等はバーニンググループ系列の福家書店店舗で行なわれることが多く、その関係は完全に途絶えてはいない。

2008年3月に神品信市バーニングタレント養成所)が新人発掘のプロデューサーに就任しスタジオを汐留に開設する。

多彩なキャラを続々輩出

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藤崎奈々子山川恵里佳など「癒し系」と称されるタレントを、グラビアに使い出したあたりから、徐々に事務所の名前が売れ出す。1999年、渋谷にて眞鍋かをりをスカウト。グラビアデビューさせ、「現役国立大学生の高学歴グラビアアイドル」として売り出しヒット。癒し系プラスさわやかなスポーティーさと親しみ易さで、多くの熱狂的なファンを掴む。後に佐々木梨絵、織田まななど続々と現役の国立大生アイドルをデビューさせている。2001年小倉優子がデビュー。守ってあげたい妹系キャラとして、暫くは地味な下積み的仕事を繰り返すことで、現在の厚い人気の基盤を作っていく。妹系キャラクターとしては、後に浜田翔子などを輩出している。

レースクイーン業界への進出とその発展

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2002年度より、自社タレントの対外露出を兼ねて、所属タレントの数名を、モータースポーツ業界にレースクイーンとして派遣する事業展開を開始。それまで、モデル事務所がレースクイーンを派遣し、その中から芸能界へ進出するパターン(飯島直子鈴木京香高島礼子鈴木史華吉岡美穂インリン森下千里など)はこれまでもあったが、その逆パターンにあたるこの方法が見事に当たり、多くのアイドルファンとレースクイーンファンを引き入れることに成功する(この年の全日本GT選手権には、同じくタレント事務所のプラチナムプロダクションが、当時新人グラビアアイドルだった若槻千夏星野加奈伊織等を大会イメージガールとして送り込んでおり、その相乗効果も大きかった)。殊のほか反響が大きかったことから、これ以降、芸能事務所のモータースポーツ業界への新人タレント育成参入の足がかりとなる。その後DVD、モデル撮影会→人によってレースクイーン→メディア出演というタレント育成過程が確立し、これは後身のアヴィラにも引き継がれていく。2005年、眞鍋かをりの個人ブログが大ヒット。芸能人ブログの先駆けとなる。

業務統合

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2008年3月31日、サイト上に「有限会社アバンギャルドは、2008年3月31日をもって、芸能プロダクションである株式会社アヴィラと業務を統合いたしました。永らくのご愛顧ありがとうございました。」という告知を掲載、サイトのほかのページは一切、見られなくなった。この時点で所属していたタレントは同年3月6日に創設された新会社『アヴィラ』に移籍し、その後アバンギャルドは現在の「市エステートコーポレーション」に社名を変更する。その後もアバンギャルドの名は公式携帯サイトの名前として残り、また、2008年7月には、京楽産業.から『CRぱちんこアバンギャルド』が制作されるなど、実態としての「アバンギャルド」は存続している。

概要

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かつて所属していたタレント

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業務統合時所属していたタレント

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※全員がアヴィラへ移籍

既に退所していたタレント

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実績

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事務所別では過去最多であったが、2011年、プラチナムプロダクションにその座を明け渡した。なお、「アヴィラ」改名後は浜崎慶美が2008年に選ばれている。
  • テレ朝エンジェルアイ - 桜木睦子(2003年)
  • ミスマガジン(ミスヤングマガジン時代を含む) - 柴田あさみ(1998年グランプリ)、山川恵里佳(1998年特別賞)、星野飛鳥(2004年ミス週刊少年マガジン)
2001年に中根祥子、2004年に後藤香南子、2006年には松田ちいが出場するも落選している。

関連項目

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脚注

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外部リンク

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