アサリ産地偽装問題
アサリ産地偽装問題(アサリさんちぎそうもんだい)とは、輸入アサリを輸入書類の内容を書き換えたり、短期間日本の干潟で蓄養することによって、原産国名ではなく日本の特定県や特定水域産と表示を付けて流通販売が行われていた、食品偽装問題(産地偽装)である[1][2][3]。
概要
編集問題のアサリは中国産か韓国産で、その多くは「熊本産」と表示が付けられ、2019年の純熊本県のアサリ漁獲量が339トンなのに対して、同年の大阪府内の中央卸売市場だけでも1349トンの「熊本産」アサリが取引されており、実際の漁獲量の約4倍もの量が流通販売されていた[4][3][5][6]。さらには2020年の第四半期に行われた農林水産省のサンプル調査で行われたDNA鑑定では、「熊本産」として市場に出回っていたアサリの97%が外国産の可能性が高いことが判明したとも発表された[7][8]。
産地偽造の悪習は何十年以上も続いていたとされており関係者の間では周知の事実で[9][10]、2004年には地方紙の宮崎日日新聞が中国産アサリを熊本産として偽装されていた事を報じていた[11]。2006年の内閣官房行政改革推進本部による農林水産省への行政改革ヒアリングにおいて食品表示監視の議題の流れで、アサリの流通が例の一つとしてあげられ、2005年には北朝鮮からのアサリ輸入量に比べ市場に出回っているアサリには北朝鮮産[注釈 1]という表示があまり見かけないという指摘があったことを同省の食糧管理担当が認識していただけでなく、その後の同年の調査で約280件のアサリ産地の不適正な表示があった事を把握していた事が明かされていた[13]。2019年には熊本県による漁協への聞き取り調査で不適切な輸入アサリの処理と市場流通に対する言質を得ていたのにもかかわらず、表面化することも対策が取られる事もなかった[14][15]。
このように何度も散発的に問題化していたが[16][11]、広く一般に伝わることはなかった。
2022年1月22日、TBSテレビの『報道特集』において、系列局であるCBCテレビの吉田駿平と吉田翔が取材・制作した「輸入アサリが国産に アサリ産地偽装の実態は」と題した調査報道が放映されると[注釈 2]、広く一般へ実態が伝わり、その後多くのメディアが追随報道をし、大きな社会問題と認識された[17]。
2023年2月6日、福岡県警察は食品表示法違反(原産地虚偽表示)の疑いで熊本県内の水産会社社長を逮捕したことを発表した。韓国から輸入したアサリを山口県下関市にある税関を通して、同社社長が経営する福岡県福岡市の輸入会社が購入し、山口県宇部市の水産会社に出荷。熊本県を一切経由していないにもかかわらず、「熊本産の活アサリ」として、販売されていた[18]。
2023年10月18日、山口簡易裁判所は、山口県下関市の水産物輸入販売業者の男性経営者に対し、市内の卸売業者に中国産のアサリを熊本産と偽り6420キロ、218万2800円分を販売したとして、食品表示法違反の罪で罰金100万円の略式命令を出した[19]。
長いところルール
編集輸入水産物は原則原産地の国名を表示するよう食品表示法で定められているが、二か所以上で育成されたものに適用される例外規定である生育期間の長い場所を原産地として表示できる通称「長いところルール」が悪用されて産地不正表示が行われた[2][7]。
まず輸入の際には生育期間を短く改ざんされた証明書を仕入れ先に用意してもらい、輸入後は日本国内の干潟などで短期畜養し、国内で育成された期間のほうが長いと見せかけ国内の県や水域産として市場に流通させていた[1][2][7]。
一方で、熊本県は県内で畜養さえもせず、輸入アサリがそのまま市場に「熊本産」として流通している事例も多いとみていた[20]。
熊本県の出荷停止措置
編集事態を重く見た蒲島郁夫熊本県知事は2月1日に臨時記者会見を開き、「熊本のブランド全体への信頼を揺るがす危機的状況」であるとして、偽装アサリを排除し抑止策を構築するために2月8日をもって県産アサリの出荷を2か月間停止すると発表した[20][21][22]。
知事の発表の翌日には、近隣最大の卸売り市場である福岡市中央卸売市場鮮魚市場でも、取り引きから「熊本産」のアサリがいっせいに消えて、それまで入荷が無かった「中国産」にいきなり入れ替わるなど、不自然な動きが表面化した[23]。
再発防止策
編集2022年3月18日、農林水産省が「長いところルール」の適用の厳格化を行った。輸入されたアサリは、稚貝を1年半以上区画漁業権によって国内で育成し根拠書類を保存している場合を除いて、輸出国が原産地となり、畜養期間は育成期間の適用外となる[24]。
同年6月21日、熊本県議会でアサリ偽装防止条例が可決された。取引記録などの書類の3年間保存が義務化される[25]。加えて、熊本県はデジタル技術を活用したトレーサビリティシステム、流通過程の監視、販売協力店の認証制度、DNA検査などを一体的に実施し、熊本県産アサリの産地偽装を防ぎ、純粋な熊本県産アサリを消費者の皆様に確実に届ける熊本県独自の流通と販売の仕組みとして「熊本モデル」を導入した[26][27]。
また、流通経路の透明化のため、トヨタ自動車グループのデンソーの技術を活用しアサリの産地を証明する取り組みが始まった。販売店に掲示されたQRコードを読み取ることで漁協から工場、流通業者を販売店の取引がいつどこで行われたのかを知ることができる[28]。
販売再開
編集2022年4月14日、県内へのアサリの販売が再開された。販売店は県が認可した約90の協力店。偽装防止のため産地証明書を掲げての販売再開となった[29]。
2022年6月11日、全国へのアサリの販売が再開された[30]。
行政指導
編集2022年8月9日、福岡市は農林水産省九州農政局からの情報提供を受けて、同市内の2つの卸売業者を立ち入り調査し、2020年4月から2021年12月までに中国や韓国から輸入したアサリ(計約6430トン)を熊本産などに偽装して中間流通業者に販売していたとして、食品表示法に基づき、行政指導を行ったことを発表した[31][32]。
2022年10月28日、三重県は県外(愛知県)や国外(中国・韓国)で生産されたアサリを三重県産や熊本県産と偽って販売したとして、三重県内の販売事業者3社に対して、食品表示法に基づく、是正と再発防止を指示したことを発表した[33]。
脚注
編集注釈
編集出典
編集- ^ a b 大木理恵子、伊藤秀樹、長妻昭明「アサリ産地偽装問題 熊本県北部の漁協、干潟貸して「レンタル料」」『朝日新聞』2022年2月27日。2022年2月27日閲覧。
- ^ a b c 石田一光、川見能人、伊藤秀樹、大木理恵子、安田朋起「アサリの産地偽装 かかわった業者が手口明かす「悪習当たり前と」」『朝日新聞』2022年2月3日。2022年2月27日閲覧。
- ^ a b 「アサリ偽装 数週間蓄養で「熊本産」…中韓から輸入 書類書き換え出荷:」『読売新聞』2022年2月4日。2022年2月27日閲覧。
- ^ 斉藤幸奈、鶴善行、古川努、古川剛光「「アサリ産地偽装は何十年も続いてきた」熊本の漁協組合長が語った偽装の実態」『西日本新聞』2022年2月2日。2022年2月27日閲覧。
- ^ 古川努「アサリ偽装、熊本県の統計に残されていた「状況証拠」」『西日本新聞』2022年2月21日。2022年2月27日閲覧。
- ^ 「アサリ産地偽装 熊本県、3年前の調査で「不適切な蓄養情報」把握」『毎日新聞』2022年2月23日。2022年2月27日閲覧。
- ^ a b c 安田朋起、石田一光「アサリ産地偽装、「長いところルール」を悪用? そのルールも実は…」『朝日新聞』2022年2月8日。2022年2月27日閲覧。
- ^ 「“熊本県産”アサリ97%外国産か 農水省が公表」『日本テレビ』2022年2月1日。2022年2月27日閲覧。
- ^ 蓬田正志、中村園子「「昔から有名な話」 “熊本県産”アサリ偽装、不信感抱くも諦め」『毎日新聞』2022年2月5日。2022年3月2日閲覧。
- ^ 「アサリ偽装 数週間蓄養で「熊本産」…中韓から輸入 書類書き換え出荷 : ニュース : 九州発 : 地域」『読売新聞』2022年2月4日。2022年3月2日閲覧。
- ^ a b 勝川俊雄「アサリの産地偽装はなぜ繰り返されるのか? 〜みんなが幸せになる産地偽装のカラクリ〜」『Yahoo!ニュース』2022年2月8日。2022年3月4日閲覧。
- ^ 山本茂雄『生物多様性を棄損する輸入アサリの放流─生物多様性10年の総括として―』(レポート)〈JAWAN通信〉、No.128、日本湿地ネットワーク、2019年8月30日。2023年11月22日閲覧。
- ^ 『第3回行政減量・効率化有識者会議【議事要録】 (PDF)』(レポート)、内閣官房行政改革推進本部事務局、2006年3月10日、27頁。2022年3月4日閲覧。
- ^ 「アサリ産地偽装 熊本県、3年前の調査で「不適切な蓄養情報」把握」『毎日新聞』2022年2月23日。2022年3月2日閲覧。
- ^ 伊藤秀樹、長妻昭明「アサリ産地偽装、3年前に情報を入手するも追及せず 熊本県:朝日新聞デジタル」『朝日新聞』2022年2月26日。2022年3月2日閲覧。
- ^ 斉藤幸奈、鶴善行、古川努、古川剛光「「アサリ産地偽装は何十年も続いてきた」熊本の漁協組合長が語った偽装の実態」『西日本新聞』2022年2月21日。2022年3月2日閲覧。
- ^ 「輸入アサリが国産に アサリ産地偽装の実態は」『報道特集』TBS、2022年1月21日。2022年3月2日閲覧。
- ^ 田中早紀、坪井映里香「外国産アサリを熊本産に偽装 容疑で荒尾の業者を逮捕 28億円売り上げか 福岡県警」『西日本新聞』2023年2月6日。2023年2月6日閲覧。
- ^ 「中国産アサリ6420キロを熊本産と偽装し販売 輸入販売業の男性経営者に罰金100万円の略式命令 山口区検」『TBS NEWS DIG』テレビ山口、2022年2月6日。2022年2月6日閲覧。
- ^ a b 「熊本県産アサリを出荷停止 8日から2カ月間 県、偽装品あぶり出し図る|熊本日日新聞社」『熊本日日新聞』2022年2月1日。2022年4月17日閲覧。
- ^ 「「アサリ産地偽装」福岡県内でも対応追われる JNNの調査報道で発覚」『RKB毎日放送』2022年2月2日。2022年2月2日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年2月2日閲覧。
- ^ 「影響大“熊本県産アサリ”産地偽装問題 福岡県のアサリ事情は」『RKB毎日放送』2022年2月6日。2022年2月7日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年2月6日閲覧。
- ^ 伊藤隆太郎、安田朋起「一斉に消えた「熊本県産」アサリ 福岡の市場」『朝日新聞』2022年2月3日。
- ^ 『アサリの産地表示適正化のための対策について』(プレスリリース)農林水産省、2022年3月18日 。2022年8月10日閲覧。
- ^ 「アサリ産地偽装防止へ条例成立 熊本県、書類保存義務化|熊本日日新聞社」『熊本日日新聞』2022年6月21日。オリジナルの2022年7月11日時点におけるアーカイブ。2022年7月11日閲覧。
- ^ 『熊本県産あさりの振興について』(プレスリリース)熊本県、2022年6月24日 。2022年6月24日閲覧。
- ^ 『熊本県産あさりモデル販売協定締結式について』(プレスリリース)熊本県、2022年4月12日 。2022年4月12日閲覧。
- ^ 「アサリ信頼回復へデンソーが一役 熊本産、流通経路をQRで記録|中日新聞」『中日新聞』2022年6月11日。オリジナルの2022年7月11日時点におけるアーカイブ。2022年7月11日閲覧。
- ^ 「熊本アサリ、2カ月ぶり販売 偽装で停止、6月以降に県外へ|熊本日日新聞社」『熊本日日新聞』2022年4月14日。2022年7月11日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年7月11日閲覧。
- ^ 「熊本県産アサリ、4カ月ぶりに全国出荷を再開 県独自「産地証明システム」稼働|熊本日日新聞社」『熊本日日新聞』2022年6月11日。2022年7月11日閲覧。
- ^ 「アサリ「熊本産」と偽装6430トン 福岡市が2業者を行政指導」『毎日新聞』2022年8月9日。2022年8月9日閲覧。
- ^ 「アサリ産地を「熊本県産」と偽装 福岡市が行政指導「ウエスギ」「魚聖」」『TBS NEWS DIG』RKB毎日放送、2022年8月10日。2022年8月10日閲覧。
- ^ 「外国産アサリを三重産と表示、3業者に是正指示…「漁獲量が減って偽装した」と故意認める」『読売新聞』2022年10月29日。2022年10月29日閲覧。
外部リンク
編集- 輸入アサリが国産に アサリ産地偽装の実態は【報道特集】 - YouTubeTBSテレビ
- 追及第二弾 アサリの産地偽装の背景に何が?【報道特集】 - YouTubeTBSテレビ
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