もとはしまさひで
もとはし まさひで(1953年〈昭和28年〉2月23日[1][2] - )は、日本の漫画家。東京都豊島区池袋生まれ、1971年、私立明法高等学校卒業[1]。一浪して桑沢デザイン研究所に入学するも1年半後に中退[1]。
もとはしまさひで | |
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本名 | 元橋 政秀[1][2] |
生誕 |
1953年2月23日(72歳) 東京都豊島区 |
職業 | 漫画家 |
活動期間 | 1977年 - |
ジャンル | ギャグ漫画 |
代表作 |
『コンポラ先生』 『ヤンキー烈風隊』 『コンポラキッド』 『麗霆゛子』 |
受賞 | 新人まんが賞佳作(1977年) |
概要
編集1977年2月、『週刊少年マガジン』(講談社)の第16回新人まんが賞に『タクシーブギ』が佳作受賞後、同年4月の第17回同賞に『捕り物ブギ』が入選したのがキッカケで、同年『週刊少年マガジン』第33号より『超越銀行』にて初連載で漫画家デビュー[2][3]。
その後はヤンキー漫画のジャンルで活躍、代表作の『ヤンキー烈風隊』は月刊少年マガジンで長期連載された。また週刊少年マガジンおよびコミックボンボンで連載されていた『コンポラキッド』は1985年にテレビアニメ化された。『ヤンキー烈風隊』、『麗霆゛子』(レディース)、『落華星』はVシネマとして実写化されている。『定時制歌舞伎町高校』が『歌舞伎町はいすくーる』のタイトルで、2014年に実写映画化された。
編集委員会の委員長を石ノ森章太郎が務めた『日本漫画家名鑑500』にて、『レディース!!』・『ヤンキー烈風隊』・『コンポラ先生』・『微笑によろしく』の4作品の書影を代表作として掲載(1992時点[2])。
主な作品
編集講談社
編集- バブバブギャグ 悪漢ベビー(『週刊少年マガジン増刊号』1977年8月15日号掲載)
- 微笑によろしく(『週刊少年マガジン』1978年21号 - 1980年14号、全3巻+別巻1巻)
- はん派がいく!!(『月刊少年マガジン』、全1巻[4])
- 微笑キック・オフ(『週刊少年マガジン』1980年19号 - 50号、全4巻)
- 微風のように(『週刊ヤングマガジン』1980年 - 1981年、全2巻)
- コンポラ先生(『週刊少年マガジン』1981年23号 - 1984年33号、全17巻)
- ぱっぱらパパ(『週刊ヤングマガジン』1982年3号 - 1982年、全1巻)
- コンポラ先生2大ちゃんJR(『週刊少年マガジン』1984年33号 - 1985年9号、全2巻)
- 銀駕乃太刀(『週刊少年マガジン』1986年6号 - 31号、全3巻)
- チューニング特急(『マガジンSPECIAL』1987年、全1巻)
- ドンの息子たち(『週刊少年マガジン』1987年26号 - 42号、全2巻)
- 宙球戦士アブソルト(『コミックボンボン』1989年 - 1990年)- 単行本未収録。
- V8キッド(『コミックボンボン』1990年11月号 - 1992年11月号、全5巻)
- 麗霆゛子(レディース)(『ヤングマガジン海賊版』1989年 - 1994年、全9巻)
- ヤンキー烈風隊(『月刊少年マガジン』1986年 - 1994年3月号、全28巻)
- 落華星(ピイナッツ)(『ミスターマガジン』1994年No.19 - 1995年No.13、全2巻) - 原案・浅田次郎。
- パンチアウト(『月刊少年マガジン』1994年4月号 - 12月号、全2巻[5])
ぶんか社
編集その他
編集- イジメをぶっ飛ばせ!!(1997年、描き下ろし)