ずべ公番長 夢は夜ひらく

ずべ公番長 夢は夜ひらく』(ずべこうばんちょう ゆめはよるひらく)は、1970年公開の日本映画。製作:東映東京撮影所、配給:東映。「ずべ公番長シリーズ」第1弾[出典 1]

ずべ公番長 夢は夜ひらく
監督 山口和彦
脚本
出演者
音楽 津島利章
撮影 仲沢半次郎
編集 長沢嘉樹
製作会社 東映東京撮影所
配給 日本の旗 東映
公開 日本の旗 1970年9月22日
上映時間 87分
製作国 日本の旗 日本
次作 ずべ公番長 東京流れ者
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藤圭子の大ヒット曲「夢は夜ひらく」が主題歌としてオープニングクレジットエンドクレジットに使用され[8]、藤圭子も1シーンで2分程度出演し、流しスタイルでギターを弾きながら(ギターは持つだけでほぼ弾かない)「命預けます」を唄う[10]。「夢は夜ひらく」は唄わない。ポスターダース・ベイダーのごとく大写しされ[8]、一番目立つ[8]

キャスト

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スタッフ

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  • 監督:山口和彦
  • 脚本:宮下教雄・山口和彦
  • 企画:吉峰甲子夫
  • 撮影:仲沢半次郎
  • 音楽:津島利章
  • 美術:北川弘
  • 照明:川崎保之丞
  • 助監督:深町秀煕

主題歌・挿入歌

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主題歌
夢は夜ひらく藤圭子作詞石坂まさを作曲曽根幸明
挿入歌
命預けます」 歌:藤圭子、作詞・作曲:石坂まさを

製作

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キャスティング

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タイトルは「ずべ公ー」だが、劇中ではその言葉は使われない。一度だけ「非行少女」という。映画でのキャストクレジット序列は、ほとんどの映画データベースとは異なり[出典 2]大信田礼子橘ますみ賀川雪絵の3人がトップで、右から大信田・橘・賀川。次に藤圭子(右)谷隼人(左)の2人。夏純子は五十嵐じゅん(五十嵐淳子)らと4番目に5人で表記される。トメ二つ前に金子信雄左とん平の2人、トメ前に単独で宮園純子、トメは梅宮辰夫。 トップが宮園が多いのは、宮園は東映ニューフェイス出身の東映生え抜き女優で、1968年からの「妖艶毒婦伝シリーズ」で主演級女優になっていたため、外様の大信田との力関係が影響しているものと見られる。藤木TDCは「大信田の演技が不安で、宮園を起用したのではないか」と論じている[13]夏純子は全編を通して大信田のライバル[14]。比較的優しい顔が多い中、夏の目力が強く迫力がある。賀川雪絵の妹でバニーを演じる五十嵐淳子がビックリの風貌で出演している[12]。かなり痩せて実年齢より幼く見える。1960年代後半からテレビの勢いが凄く、各映画会社の専属俳優も超大物は自身のプロダクションを作ったり、他の役者も芸能事務所に移籍する者も増えたが、東映ビデオのサイトに「大信田礼子、宮園純子、橘ますみ、賀川雪絵、夏純子ら東映若手女優が一堂に会して…」と書かれているため、これらの女優は本作制作当時には、東映と専属的契約状態にあったものと見られる[13]。このうち、東映生え抜きの女優は宮園と橘だけである。

仁義なき戦い』の第一作で、山守義雄–矢野修司のヤクザの親分子分を演じた金子信雄曽根晴美が、同じように親分子分を演じる[13]。『仁義なき戦い』の金子もヤクザの親分らしくないと批判するむきもあったが、本作の金子はそれを通り越してマンガ[出典 3]

撮影

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冒頭最初のセリフが学園長による「世間では…この赤城女子学園を女ネリカンと呼ぶ。しかし諸君はそんな色眼鏡に屈してはいかん…」。オープニングクレジットだけモノクロ。オープニングクレジットすぐ後に、大信田礼子が独房逆立ちし、自慢の美脚を見せつける。大信田は高校時代に器械体操をやっており[出典 4]、アクションは元々得意で[出典 5]、アクションシーンは怪我をしないような受身などの習得が必要なため、本作主演にあたり、キックボクシングジムで技斗を教え込まれた[出典 6]ミニスカートでパンティ丸出しのハイキックを連発する[13]。衣装はスタッフが用意した物以外に自前も多く、本作のポスターで背中を向けて映るビキニ水着[17]、自前だという[18]

メインキャストで脱ぐのは賀川雪絵だけだが、パンチラなどお色気シーンはたっぷりある。ゴーゴークラブゴールデン・ハーフがリリースしたばかりの「黄色いさくらんぼ」をお色気たっぷりに歌う[出典 7]。テレビでは当時でもアウトと見られるほぼ真下からのカメラでミニスカートの中のパンティを映し出す。あまりにも真下のカメラでメンバーの誰か顔がよく見えない程。

南雲梅子(宮園純子)がオーナーママを務め、影山リカ(大信田礼子)たち主要キャストが働くセクキャバ(文献によりキャッチバー[7])寄りのバー「紫」で藤圭子が流しスタイルでギターを弾きながら「命預けます」を唄う。主題歌の「夢は夜ひらく」は劇中では歌わないが、オープニングのタイトルロールとエンディングで曲が使用されている。セリフも二言三言あり[19]、撮影は1970年7月27日東映東京撮影所[19]。藤は15~17歳頃はショーケンの大ファンだったが、上京後は仕事を終えると東映の任侠映画に通いつめて高倉健の大ファンになったという[19]。藤の出演シーンの撮影はすぐに終わり、藤は高倉に会えるかもと撮影所内をウロウロしたが、見つけられず。帰ろうとしたら由利徹が呼び止めてガッカリしたが、由利に手を引かれて撮影所の奥に連れて行かれ、俳優の個室が並ぶ建物内の高倉の部屋に連れて行ってもらえた[19]。高倉から「ヤ、いらっしゃい」と部屋に招き入れられたが、以降は無我夢中で高倉から「こないだ、五木寛之さんとテレビに出たでしょう。ぼく、あれ、見ましたよ。いい話でしたね」と言われたことだけ覚えているが、何分部屋にいたのか、その後、どう帰ったのかも覚えていないぐらい雲の上を歩くような気持だった、などと話している[19]

東映お色気路線のエース・八尾長子(橘ますみ)が、脱がないかわりにお客に脚をベロベロ舐めまわされるサービスショットがある。柳家金語楼の娘・有崎由見子が大信田と敵対する不良グループの一人として出演している[11]。映画は『不良番長 一攫千金』の続いて2本目[11]

話はテンポよく進むが、宮園の店を手に入れてビルを建てようとする大羽興行の社長でヤクザの親分・大羽金造(金子信雄)が劇中の中程で宮園の店の権利書を手に入れてこれで既に目的は達成された筈だが、その後もちょっかいをかけ続け、最後の方で宮園が金子親分に「分かりました。じゃあお店を差し上げればいいんですね?」と言う理由は分からない。ラストは併映の「昭和残侠伝シリーズ」の討ち入りに出向く高倉健に池部良が同行するフォーマットと同じく、宮園に梅宮が同行する。討ち入りは大羽興行約30人対2人に大信田たちが加勢するが、日本刀ドスばかりで誰一人拳銃を使わない。梅宮が金子に背中を斬られただけで、20秒程度で絶命する?なシーンもある。

ロケ地

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日活のスケバン映画が新宿駅西口ヒッピーを根城にするなら[12]、東映は歌舞伎町エリアを根城にする[出典 8]。歌舞伎町を中心に、ふんだんに新宿ロケが行われている[出典 9]新宿駅新宿オデヲン座ミラノ座などが映り、1970年7月18日に公開された『エベレスト大滑降』などが看板に掛かる。ミラノ座の前あたりにいた大信田が『昭和残侠伝』とサブタイトルの付かない同シリーズの一作目の看板を見つめる。このシーンはスタジオかでの別撮りと見られ、看板は架空の物でここに書かれたキャストは一作目のキャストではなく、併映の『昭和残侠伝 死んで貰います』に近いが、監督名が佐伯清ではなく、山田宏次となっている。看板を書いた職人の名前か、遊びで作った看板かもしれない。大信田と夏のタイマン勝負西新宿の空き地[12]。室内は全て東映東京のスタジオ[19]。エンディングは「夢は夜ひらく」をバックに新宿通り護送車の窓から宮園が新宿の街に無言で別れを告げる。

興行成績

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高倉健の大ヒットシリーズとの併映で、本作自体の評価ははっきりしない。続編が制作されたが、本作の公開時に「女番長シリーズの第一弾」と公表されており[20]、シリーズ化は最初から決定事項で、第一作が評価されたから続編が制作されたということではない。岡田茂は『映画時報』1971年2月号の東映幹部の対談で、歌謡映画の話題になった際に「『ずべ公番長・夢は夜ひらく』は、かなり歌(『夢は夜ひらく』)で助けられているね」と話している[21]

影響

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1時間ぐらいのところで大信田とトニー(谷隼人)が遊ぶ海岸は、神奈川県大磯海水浴場[13]。撮影は揉めた[13]シナリオには「全裸で海岸を駆ける」と書かれてあったが[13]、大信田は断固拒否し、白のビキニスタイルになった[13]テトラポットの影の砂の上で抱き合うシーンでもカメラマンから「アップを撮るからブラジャーを取ってくれ」と言われたが拒否し、一瞬、大信田の乳輪らしきものがチラリと映るが、ガーゼか何かの可能性もある[13]。このシーンの撮影にも山口監督以下、スタッフは大信田にさんざん手こずった[22]。抜群のスタイルを誇る大信田に東映のプロデューサー監督たちは何度も繰り返し、脱ぐことを要求したが[13]、大信田は「セ〇クス女優と一緒にされるのは心外」と、この説得を拒み続けた[13]。映画会社寄りの記事を載せるマスメディアは「持って生まれた見事なプロポーションを見せないなんて"宝の持ち腐れ"」などと厳しく批判した[13]。シリーズ化はされたが、以降も東映は大信田に脱ぐことを要求したとされ[13]、同時期に出演していた東映制作のテレビドラマプレイガール』(東京12チャンネル)を降板させ、よりピンク度の高い映画に専念させようとしたのではないかという説もある[13]

映像ソフト

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同時上映

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昭和残侠伝 死んで貰います

脚注

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注釈

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出典

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  1. ^ a b ずべ公番長 夢は夜ひらく”. 日本映画製作者連盟. 2023年11月12日閲覧。
  2. ^ a b c ずべ公番長 夢は夜ひらく東映ビデオ Archived 2011年8月13日, at the Wayback Machine.
  3. ^ 不良性感度100%のオンナノコ列伝 ズベ公青春物語/ラピュタ阿佐ケ谷
  4. ^ a b ずべ公番長・夢は夜ひらく”. キネマ旬報WEB. キネマ旬報社. 2023年11月12日閲覧。
  5. ^ ずべ公番長・夢は夜ひらく
  6. ^ 102.第5章「映画とテレビでトップをめざせ!不良性感度と勧善懲悪」 創立70周年記念特別寄稿『東映行進曲』発信! - 東映
  7. ^ a b c d ぴあシネマ 1998, pp. 389–390, ずべ公番長シリーズ
  8. ^ a b c d ピンキー・バイオレンス 1999, pp. 66–69, 池・杉本以前の女番長映画 ~『三匹の牝蜂』から『ずべ公番長』まで 文・藤木TDC
  9. ^ a b c CDJ PUSH “ずべ公番長”シリーズ、ついにDVD化!”. CDジャーナル. 音楽出版社 (2008年7月30日). 2011–10–17時点のオリジナルよりアーカイブ。2023年11月12日閲覧。
  10. ^ プロフィール | 藤圭子 | ソニーミュージックオフィシャルサイト
  11. ^ a b c 「ポスト 日本映画 親(金語楼)ゆずりのコメディアン 有崎由見子『ズベ公番長』で活躍」『週刊明星』1970年9月6日号、集英社、159頁。 
  12. ^ a b c d e f g h スケバン映画のルーツ ずべ公番長&女番長ブルース大信田礼子の陽性の魅力が炸裂!」『映画秘宝』2008年9月号、洋泉社、80–81頁。 
  13. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r アウトロー女優 2017, pp. 63–70, 第3章 女番長女優の星、現る
  14. ^ a b c 不良映画年代記 2016, pp. 44–49, 55–57, PICKUP MOVEMENT 日本のプログラム・ピクチャーを支えた不良少女たちの栄光の記録 70年代に光り輝いたスケバン映画の世界 文・吉田吉田伊知郎/他のスケバン映画にないアスリート性 それは女性版『網走番外地 『ずべ公番長』シリーズ 文・磯田勉
  15. ^ a b c 名作完全ガイド 2008, pp. 81, 94–97, 1970年野良猫ロック登場疾走する日活ニューアクション/ずべ公番長シリーズ
  16. ^ a b c 名作完全ガイド 2008, pp. 98–101, 大信田礼子インタビュー
  17. ^ ずべ公番長 夢は夜ひらく”. カンテレドーガ. 関西テレビ放送. 2023–11–08時点のオリジナルよりアーカイブ。2023年11月12日閲覧。
  18. ^ 牝蜂! 野良猫! ずべ公番長! 70年代、お姐ちゃんたちは強かった!! スケバン映画よ永遠なれ!」『映画秘宝』2008年10月号、洋泉社、61-63頁。 
  19. ^ a b c d e f 「藤圭子が恋こがれた高倉健の部屋でしびれた! 『ショーケンは過去の思い出 健さんは一生想いつづける人』」『週刊明星』1970年8月30日号、集英社、36–39頁。 
  20. ^ 「内外映画封切興信録 ずべ公番長 夢は夜ひらく」『映画時報』1979年9、10月号、映画時報社、36頁。 
  21. ^ 岡田茂(東映常務取締役・映画事業本部長)・石渡錠太郎(東映取締役・東京撮影所長)・本郷武郎(東映・関東支社長)、司会・北浦馨「東映七〇年代の飛躍路線 華麗豊富なスターと企画で勝負 今年も"映画"は貰った」『映画時報』1971年2月号、映画時報社、15–16頁。 
  22. ^ 「スクリーン情報 『親がうるさいのよ』」『週刊平凡』1970年8月25日号、平凡出版、53頁。 

出典(リンク)

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参考文献

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  • 『セクシー・ダイナマイト猛爆撃』洋泉社、1997年。ISBN 4-89691-258-6 
  • 『ぴあシネマクラブ 邦画編 1998-1999』ぴあ、1998年。ISBN 4-89215-904-2 
  • 杉作J太郎植地毅『東映ピンキー・バイオレンス浪漫アルバム』徳間書店、1999年。ISBN 978-4-19-861016-6 
  • 高護(ウルトラ・ヴァイブ)『日本映画名作完全ガイド 昭和のアウトロー編ベスト400 1960‐1980シンコーミュージック、2008年。ISBN 9784401751228 
  • 『不良映画年代記』洋泉社〈洋泉社MOOK〉、2016年。ISBN 978-4-8003-0900-6 
  • 藤木TDC『アウトロー女優の挽歌 スケバン映画とその時代』洋泉社映画秘宝〉、2018年。ISBN 978-4-8003-1574-8 

外部リンク

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