細川 氏政(ほそかわ うじまさ)は、安土桃山時代武将受領名伊予守讃岐国九十九城主。

 
細川氏政
時代 安土桃山時代
生誕 不明
死没 天正6年(1578年
別名 受領名:伊予守
幕府 室町幕府
氏族 細川氏
父母 父:細川氏頼
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概要

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細川信之の末裔。天正6年(1578年)に讃岐国に侵攻した長宗我部元親に抗戦したものの、氏寺の興昌寺前夜庵の前庭で自害した。邸宅は羅漢寺蓮光院(香川県観音寺市室本町314)にあったとされる[1]

脚注

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注釈

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出典

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  1. ^ 古野徳久「香川県の中世城館 ~讃岐武士の足跡をたずねて[1]